第11話 アーク・ドラゴンはミニチュア・ドラゴンを見ない

「今日は平日だったな。シズクは大学予科か?」


「いえ、この時間だともう放課後のはずっすね。いつもどおりならカフェとかスイーツ店とかでレシピ本を読みながら、お菓子を食べてるはずっすよ。研究目的とかで」


「……シズクってパティシエ志望だったか?」


「いや文学部志望っすよ。旧人類文学のほうっす」


「なんで放課後に菓子類の研究してんだよ……確か休日もずっとスイーツづくりとか言ってなかったか?」


「どっちも妹さんの影響らしいすね。座敷牢にいる妹のためにいろんなお菓子作って、いろんな本を上げてるうちに自分も興味を持ったとか」


「それで妹のために今も作ってやってるのか……ずいぶん妹思いの姉だな」


 レイジは吐息混じりに答えた。


 そして取り巻きの女の案内で、シズクがよく行くカフェまでやって来た。探すのに手間取るかと思ったが、運よく一軒目にシズクはいた。


 彼女はコーヒーを片手に、パンケーキをおいしそうに食べていた。テーブルのうえにはレシピ本が置かれている。レイジたちはシズクの席に座った。


「え、あの……?」


 シズクは戸惑った表情だ。レイジは店員にコーヒーを注文し、取り巻きの女はケーキセットを頼んだ。


「レイジだ。あんたに聞きたいことがあって来た」


「東方覇竜の、息子さん……?」


 シズクが緊張した面持ちでレイジを見る。


「なにか御用ですか? お見合いの話なら――」


「違う。なぜメイに会わない?」


 意図せずして、咎めるような口調になった。


「婚約したんだろう? だが会っている様子、親しくしている様子がないと聞いた。なぜだ? どうしてあいつに会いに行かねぇ?」


「あなた……メイ、さんの知り合いなの?」


 シズクはいぶかしげな顔だ。レイジは首を横に振る。


「ちげーよ。昔、ちょっとばかり助けられたことがあるだけだ。俺がここに来たのは……まぁ、わかるだろ? うちの兄貴の話を蹴って、メイのほうを取ったんだ。なのに、恋人って感じがまったくしねーんだから、さすがにそりゃ『どういうことだ?』ってなる」


「や、やっぱり断ったのが原因じゃない!」


 シズクは不満げな顔だ。


「だって……! あなたのお兄さんってだいぶ年上で――!」


「なんだ、そっちも年齢差か」


「そっち?」


 眉をひそめるシズク。レイジは腕組みをして背もたれに寄りかかった。


「うちの一族でも同じ話は出た。俺としては……アーク級同士、将来のエルダー級同士なら十歳差なんて大したことねーだろって感じだが――あんたが年齢差は重要な問題だってんならそれでいい。俺が聞きたいのはメイのことだ。あいつの何が気に入らねーんだ?」


 シズクは言葉に詰まった。


「なんか気に入らないことがあるから、会う気がねーんだろ? 理由はなんだ?」


「……それ、東方覇竜から頼まれたの?」


「親父は――いや、家や一族は関係ねーよ。俺の個人的な疑問だ。身びいきに聞こえるだろうが、兄貴はいい男だ……と思う。あんたから見たらどうか知らないが。で、あんたは兄貴よりもメイを選んだ。違うのか?」


 レイジはシズクを見据える。相手は目を伏せた。


「中央覇竜からの命令に逆らえなかっただけか? 巷じゃメイと妹のほうが本命で――なんて話も出てるようだが?」


「中央覇竜のお考えなんて、わたしにはわからないわよ。それに中央覇竜が『こうする』と宣言したことに、どうして異議を唱えられるの?」


「つまり、やっぱり不本意なわけか?」


 レイジはため息をついた。


 ちょうどコーヒーとケーキセットがテーブルに置かれた。取り巻きの女は我関せずでケーキを食べ始める。レイジもカップを手に取った。


「まぁそれならそれで別にいい。俺が訊きたいのは――というか、まだ最初の質問に答えてもらってないぞ。メイの何が気に入らない?」


 レイジはコーヒーを一口飲んだ。


「婚約の場で会ったんだろ? 突然言われて、不本意だったってのはわかった。中央覇竜の勅命でどうにもならなかった、って事情も理解した。だが、あんたはメイに不満がある。だから会わないんだろう?」


 いい男だったら、なんだかんだ恋仲に発展してるだろうからな、とレイジは言った。


「その……だって、あまりに女の子らしすぎるというか――」


 思いっきり答えづらそうにシズクは言った。レイジは白けた顔で相手を見る。


「あー……つまり、なんだ? あんたにとっては見た目がすべてで、結婚相手はもっと男らしくて恰好いいやつじゃないとイヤだと?」


「そ、そこまでは言ってないでしょ!? ただ――だって……! 会ったんならわかる、はずでしょ!? わたしの言いたいこと! もう、見た目も声も! 全力で女の子してるっていうか! ノノちゃん、みたいな……」


 ノノ、というのは確かシズクの妹だったか。


「要は見た目でダメってことじゃねーか」


 レイジは鼻を鳴らす。


「想像以上にしょうもねー理由だったな」


「だ、だから違うって! わたしは外見だけで決めつけてるわけじゃなくて! あくまでも! 外見も条件のひとつってだけであって、ほかにも能力だったり人柄だったり――!」


「まともに会話したことすらねーくせに人柄? つーか、あいつは世界最高峰の探索者じゃねーか。それでもダメだってか? ずいぶんとまぁ、とんでもねー条件を突きつける女もいたもんだな? 言っとくがメイ以外に冥府のダンジョン最深部にもぐれるやつなんていねーぞ? あいつでダメなら全員不合格じゃねーか」


 いやみったらしく言えば、シズクは怒った顔だ。


「そんなこと言ってないじゃない! それにその、『メイさんだけがすごい』みたいな言い方は個人的にどうかと思うし」


「あん?」


 ほかに凄腕探索者でも知ってんのか? そういやダンジョンがらみの商売で成り上がった家だったな――とレイジが思い至ったところで、


「ほかのお仲間さんが不憫じゃない。そんなメイさんだけがすごい、みたいな言い方」


 というシズクの発言の意味がつかめず、レイジは困惑する。


「……なに言ってんだお前? あいつは――」


 言いかけてから、レイジは愕然とする。


「おい、お前……まさか、メイについてマジで何も知らねーのか? 会話どころか実績すらなにひとつ……」


「さすがにわたしだって噂くらいは――」


「直接会ったんだろ!? 中央覇竜のところで! いや、それ以前に……! 婚約しといて、その気がなかったにしても、もう少し相手を知る努力を……!」


「な、なによ急に……」


 シズクはびっくりした顔だ。


「なんで噂レベルでしか把握してねーんだよ! あいつが成し遂げてきたことは――!」


 立ち上がり、テーブルに手を叩きつける。大きな音が鳴って、店内の客が騒然とレイジのほうを向いた。


 シズクが慌てた様子でなだめようとしてくるが――その前に、取り巻きの女が言った。


「レイジさん、ここのケーキ超うめーっす! また来たいんで騒ぎを起こすのはまずいすよ! いい感じにデートできる場所が!」


「お前の都合一〇〇パーセントじゃねーか! いや、まぁ……」


 息をついて、レイジはふたたび着席した。


「悪かったな……。けど、シズク」


 にらむようにレイジはシズクを見つめた。


「な、なによ?」


「お前、もう少し相手のことを知ってやれよ。つーか、なんでパーティ組んでダンジョンにもぐってると思ったんだよ?」


「なんでって――だってダンジョン探索はパーティでやるものだって――まさか、メイさんってひとりでもぐってるの?」


 レイジは大きくため息をついた。


「お前……メイとダンジョンデートでもしろよ。一回くらいまともに話し合って、その上で判断すりゃいいじゃねーか。なんで端から『なし』扱いしてんだよ、そもそも」


「いや、だって……メイさん、いずれここを出ていくから結婚する気ない、みたいなことを中央覇竜にむかって言ってたから……」


 戸惑った様子のシズクに、レイジは立ち上がって捨て台詞のように言う。


「お前にその気がまったくないからじゃねーのか? その発言は……。誰が好き好んで自分にまったく興味を示さない女になびくよ? 外見だけじゃなくて人柄や能力も大事だってんなら……ちゃんと見極めてから判断しろよ」


 テーブルに二人分の金を置くと、レイジは取り巻きの女を連れて出て行った。

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