第12話 すれ違う三人
だが、シズクはその後もメイと会っている様子がなかった。
相変わらず大学予科に通い、放課後はスイーツ店をめぐり、休日は食材を集めて屋敷にこもる日々……イライラしたレイジは事あるごとにシズクに突っかかり、「メイに会え」「冥府のダンジョンでメイとデートでもしろ」と言い続けるようになった。
そうこうするうち、いつの間にかレイジがシズクに懸想しているらしい――などという噂が出てくるようになった。
〔なんでそうなるんだよ……!〕
その事実が余計にレイジをイラつかせた――シズクの、メイに対するあまりにもつれない態度、そして興味のなさが……レイジ自身のコンプレックスを刺戟してしまうのだ。
メイはミニチュアという逆境をはね返して強くなり、名声を手に入れた。
〔あいつは、腐っちまった俺とは違うんだ〕
自分は訓練も学校もサボりがちで、なにより兄妹や両親に追いつこう、追い抜こうとする気概が致命的に欠けていた……だが、メイは違う。違うのだ。
ひたむきに努力を続け、しっかり結果を出してのけた。なのに、なのに――シズクはそれを見ようとしない、決して。
外見が好みじゃないとか――いや、それはそれで、あの女にとってはとてつもなく重大なことなのかもしれないが……それにしたって会話する気すらない、というのはあまりにもひどくはないか。
せっかくがんばって成果を上げて、でもグレーターとして生まれた――最初から選ばれし者だったやつは、その努力の賜物を見ようとすらしない。それは……それは、レイジにとって、あまりにつらかった。
〔俺はあいつみたいな傑物になれたわけじゃねー。そんな馬鹿が一丁前に文句をつけるなんておこがましい。あいつだって、きっと「お前なんかと一緒にするな」って怒るだろうが〕
それでも、もう少し興味を――関心を持ってほしいのだ。
もし自分があきらめず、投げ出さずにアーク級に、あるいはそれ以上に至れたとして……結末が「選ばれし者たちからの無関心」ではあまりにも救われない。
〔ああ、クソ……! 勝手にあいつと、努力して結果を出した「もしもの自分」……なんていう都合のいい妄想をして、ほんと……馬鹿みてーなことしてやがる!〕
己を恥じた。が、どうしてもシズクの態度は気に食わない。理窟じゃないのだ、これは。
だからこそ――メイがわざわざシズクに会いにやって来たとき、感情が爆発してしまった。
「ああ、クソ! なんでこんなやつが婚約者なんだよ! よりによって! ほかに! もっといいやついただろ、絶対!」
レイジは己の憤りをすべて吐き出すかのように怒鳴った。
シズクの説得に来ていたときのことだ。その日も、シズクはいつもどおりに過ごしていた。普段どおり、彼女はスイーツを食べに行く。今日は湖畔にある評判のカフェだった。
湖のそばにある遊歩道を歩いているとき、レイジたちが来て――揉めているところにメイが来た。そして……あまりにも、あっけらかんとメイは別れを告げた。
惜しむ気も、興味もなさそうで、なによりシズクのほうも「あ、はい……わかりました。お元気で」とうなずいて頭を下げている様子が、たまらなく癪に障った。
想像以上に、あっさりしすぎている。レイジの不満は募る。結局、最後の最後まで――この女はメイのことを見ようとしなかったからだ。
「ミニチュア! ミニチュアだぞ! そっからの成り上がりだ! っていうかメイ!」
レイジはメイを指差した。
「お前はなんかねーのか!? こいつは!」
とレイジはシズクを指差す。
「一応、俺の兄貴との縁談があったくらいには高嶺の花だ! 本来ならミニチュアとの婚約なんてありえないほどの!」
「ああ、うん……そうなんだ?」
よくわかっていない顔だ。そりゃそうだろう。
〔説明も全部省略して、言いたい放題だ。メイからすりゃ支離滅裂だろうよ〕
「それに対して思うところはねーのかよ!? こいつはお前のことなんも知らねーんだ! 興味すらねーんだよ! いいか!? 会いに行こうとすらしてねーんだ!」
「あー……それは知ってるけど」
戸惑いの表情でメイは答え、それからシズクを一瞥すると、
「まぁ彼女は俺に微塵も関心がないみたいだし、俺も俺のことをどうでもいいと思ってる相手のことは基本興味ないから――」
「やっぱお前のせいじゃねーか!」
結局、シズクが関心を示さなかったからメイもその気にならなかった。
「レイジさん、ちょっと落ち着くっすよ――」
取り巻きの女がなだめようとするが、レイジの感情の高ぶりは止まらなかった。
「落ち着いていられるか!」
「さっき兄貴とか言ってたし……もしかして兄弟で取り合いになってるの? っていうか弟のほうが今の恋人?」
メイがいぶかしげに口に出す。シズクが大慌てでメイに近づいた。子供にするように目線を合わせて、メイの両肩に手を置く。
「そ、それ誤解! わたし、別に付き合ってないから! 大嘘なんだから、そういう根も葉もない噂を信じちゃダメ!」
その発言を聞いた瞬間、レイジの憤激は頂点に達した。
「なにふざけたこと言ってんだよ!?」
噂でしかメイを知らなかった女が、いったい何を言っているのか? 根も葉もない噂を信じるな? だったらメイのこともちゃんと知ろうと努力しろ!
自分の体が熱くなる。燃え上がるように血が駆け巡っていくのがわかる。ああ、竜化だ……。まるで制御できていない。暴走している。なのに、今はそれが心地いい。思うさま、感情のまま暴れたいと、そう願っている。
レイジは飛び上がると同時にシズクを――まるでメイをかばうように前に立つシズクを見た。
怒りが理性を吹き飛ばした。
隣に立つならいい、ともに並び立とうとする気概は立派なものだ。うしろに隠れるのもいい、メイの実力を考えれば守ってもらおうとするのはごく当たり前の判断だ。
だが前に立つな! かばおうとするな! そいつは!
「グレーターなんぞとは格が違うんだよ!」
レイジは咆哮するようにブレスを放とうとする――だが、攻撃しようとした途端、突如としてふっ飛ばされ、さらに翼を断ち切られて墜落する。
〔なんだ……!? 攻撃された!?〕
困惑と同時に、自分をじっと見つめるメイの顔を見て……レイジは、委細はわからないまでも自分がメイにやられたことを理解する。
〔ああ……あのときと同じだな。なにをされたのか、まるでわからない〕
落下しながら、心のどこかで安堵していた。圧倒的な力の差だ。攻撃されたことすらわからずに瞬殺――レイジは小さく笑んだ。
――ほらな、そいつは格が違うんだよ……。
別格なんだ――その言葉はつぶやきとして漏れたのか、それとも内心だけのぼやきか、自分自身にすらわからないままレイジは竜化を解き、湖に落ちていく。
「レイジさん!」
だが直前で取り巻きの女がレイジに体をキャッチし、大急ぎで元いた遊歩道まで戻ってきた。
「お願いします! レイジさんも悪気があったわけじゃなくて……!」
取り巻きの女は息せき切ってメイに懇願している。
「攻撃されたから反撃しただけだよ」
特に気にしたふうもなくメイは答える。
「まぁ攻撃というか――」
言いかけたところで、メイは口を閉じた。彼はまったく別方向を見ている。取り巻きの女に治療されながら、レイジも顔を向けた。
父親の、一族の――東方覇竜の宮殿を、メイは見ていた。
最初は、なにがなんだかわからなかった。なんの変化もなかったからだ。だが、すぐに鬨の声が聞こえてきた。やがて一糸乱れぬ見事な動きで、編隊飛行する一団が見えた……精鋭が。
東方覇竜の親衛隊が来たのだ。
レイジの両親も、兄も、姉も、妹もいる。一族の者が、一族に仕える東方諸島最強の戦士たちが、湖畔の遊歩道にむけて進軍していた。
惨劇の始まりである。
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