第10話 中央覇竜の意向
どうも様子がおかしい――と気づいたのは、半年ほどが経ってからのことだった。
メイとシズクは恋仲なのだろう、とレイジはずっと思っていたのだが、このふたり……どうも親密な様子がまったくない、というのだ。
「どういうことだ?」
「どうもこうもないすよ! なんか全然デートとかしてる気配がないって話で――」
取り巻きの女が語るには、メイはそもそも冥府のダンジョンを攻略したら竜群島を出るつもりで、シズクとはまったく会っていないという。
ではシズクのほうはどうかといえば、こちらもメイに会いに行く様子がなく、毎日まじめに大学予科に行き、休日は趣味のお菓子作りの材料を買い集めに出かけ、屋敷に帰って調理の日々……らしい。
「シズクのほうがメイにアプローチしてるとか、そういうのはねーのか?」
「なんかないみたいっすよ。巷じゃ偽装婚約じゃないかなんて言われてて、えー……」
取り巻きの女は露骨に目を泳がせて言いよどんだ。
「
「う、うちが言ってるんじゃないすよ!? あくまで! まわりが! そんな感じのことを噂してるってだけで――!」
「わかってるよ」
はぁ、とレイジは大仰にため息をついた。事実だとすれば――ずいぶんとふざけた話だ。
「中央覇竜はなにも言ってねーのか?」
「今んところは無視してるみたいっすねー。っていうか、なんかメイがここを出てくつもりだってのも、婚約のときに中央覇竜に直接言ったって話なんすよ」
「つまり全部承知の上で婚約させたってことか……? シズクのほうも当然承知した上で受けたってことだよな?」
「その場で言ったって話なんで、たぶん知ってるんじゃないすかねー。あ、あともうひとつ噂があって!」
取り巻きの女は手を叩く。
「シズクの妹がミニチュアらしいんすよ!」
レイジは困惑して反応が遅れた。
「……シズクに妹なんていたか? つーかミニチュアって……」
「それがいたらしいんすよ! 生まれてすぐに座敷牢――あ、座敷牢っても金持ちだから風呂トイレつきで、結構豪華な部屋らしいんすけど……とにかく、ずっとそこに閉じ込められてたのが、姉の婚約を機に外に出て、今はダンジョンで魔獣やら魔物やらと戦ってるとかいう話で――」
「あー……待て待て」
レイジは頭を抱えた。
「情報量が多い……!」
レイジは顔をしかめて質問する。
「まず、それがシズクの婚約と関係あるのか?」
「えっとすね――妹が外に出てるのは、どうも中央覇竜の勅命らしいんすよ」
取り巻きの女は顔を近づけて声をひそめる。
「婚約のとき、シズクの家にミニチュアがいることが露見して、それで中央覇竜がダンジョンで鍛えさせてるってもっぱらの噂で」
「鍛えるって、第二のメイを育てるつもりなのか? そんなうまくいくか?」
「そこまではわかんないすけど、でも中央覇竜の意向でやってるって話なんすよ。シズクの家としてはミニチュアの話は秘密で、妹も小さい頃に亡くなったことになってたとか。で、それがバレたってんで結構騒ぎになったらしいんす」
「殺処分したことにして、本当は生かしてたのか……。婚約はミニチュアの話をするための方便だった可能性もあんのか?」
「それだったらシズクだけ呼び出せばいいだけじゃないすか? そうじゃなくて――」
取り巻きの女はふたたび言いよどむ。レイジはすっと目を細める。
「本命は妹とメイの結婚、か……?」
「ミニチュア同士っすからね。お似合いっちゃお似合いじゃないすか? ただ、シズクのほうはグレーター生まれでミニチュアじゃなかったわけっすけど、でも母親はミニチュアの娘を生んでるじゃないすか」
取り巻きの女は自分の指を合わせながら、言いづらそうに考えを口に出す。
「だから、たぶんミニチュアを生んだ女の娘とミニチュアの男を結ばせて……」
「ミニチュアの一族を作る気か? 全員がメイみたいに強くなるとは限らねーだろ?」
言ってから、レイジは首を横に振る。
「いや、そもそもそりゃ中央覇竜の意向だろ? 俺が知りてーのは――いや、でも実際シズクはどう思ってんだ? なんだそりゃ……?」
まったくわからなかった。中央覇竜の思惑もよくわからない……いや、こちらはそうでもないのか? 仮に――そう、もし仮に、だ。
ミニチュアというのがメイと同程度、あるいはそこまで行かなくても、グレーター級、アーク級に匹敵する力をあっさり身につけられるようなら、確かに一族を作ってみようと考えるかもしれない。
中央覇竜は、覇竜戦争以前の精強なドラゴンをもとめている。
少なくとも、そう言われている。原因はもちろん、自分以外のエンシェント級がいっこうに育たないからだ。
かつてのドラゴンたちに比べれば、現代の竜は軟弱になった、惰弱になったとよく言われる。それを――中央覇竜が気に入っていないのは有名な話だ。
だから、見込みのある者は手ずから鍛え上げることさえあったとされる……近年はとんと聞かないが。
〔いや、ひとりだけいるのか〕
シズクの妹だ。ミニチュアだというこの妹は、中央覇竜の命令で今まさに鍛え上げられている。それはつまり――期待の裏返しだろう。
ミニチュアなら、ひょっとしたらかつての栄耀栄華を誇った時代のドラゴンになれるかもしれない、という期待。
それがあるから中央覇竜はミニチュアに目をつけた。
「だが、ちょっと待て。おかしくねーか? シズクが全部承知で受け入れたってんなら……なんでメイと会わねぇ? 自分の夫、妹の夫になる男だろ? 姉妹でハーレムみたいなことになるなら、なおのこと顔合わせっつーか……」
竜群島は、別に一夫多妻を否定していない。
実行に移すやつがいるかどうかは別として、当人同士がちゃんと納得しているなら、複数の妻を持ってもよいことになっている。
いや、むしろ中央覇竜の意向としては、強い男が複数の女を孕ませて、強い子を生むことを望んでいるような節さえある。
が、ともかくハーレムを築くなら当人同士での納得が必要なのは周知の事実だ。
さすがの中央覇竜でも、家庭を破壊してでも強い子を生み育てよ、と強制することはできない。そこまで横暴ではない。
「妹のほうはメイと会ってんのか?」
「それが妹がいるのは別のダンジョンらしいんすよ。冥府のダンジョンには近づけさせない方針になってるって話で」
「単に力量が足りないから、まだ冥府のダンジョンには挑まない的な話ではなく?」
「いやなんか中央覇竜が妹とメイを会わせない方針らしくて、ほかのダンジョンに連れて行って鍛えさせてるってもっぱらの噂なんすよ」
「……わりぃ、正直全然わかんねーわ」
いったい何がどうなっているのか? もはやレイジの頭では整理しきれなかった。
「うちもわかんないんすけど……レイジさん、もうコレ本人に直接聞いてみたらいいんじゃ?」
「確かにシズクのほうとは会ってねーな。いや、メイのほうとも会ったって言えねーか」
たぶん、メイ本人は自分たちを助けたとすら思っていないだろう。
「行くか……」
レイジは立ち上がり、取り巻きの女と一緒に歩き出した。
ふたりは練兵場跡地に出来上がった――というより、わざわざ作った粗末な野試合用闘技場の観客席に座っていた。
もともと、ここはレイジたちのたまり場だった。仲間内の組手や鍛錬はもちろんのこと、レイジたちがケンカする場合も相手をここに招いて戦うのだった。
そして、そんなことを繰り返しているうちに見物客がぽつぽつ現れるようになった。さらに同年代の同族だけでなく、島外の腕自慢や喧嘩自慢まで挑戦者として名乗り出るようになってきた。
最初は断ったが、「怖いのか?」「負けるのがそんなにイヤか?」「強いやつとは戦わない、実に賢明な判断だな?」などと挑発されては受けないわけには行かない。
だから毎度のごとくケンカ三昧で、もちろんそれはレイジの取り巻きたちも一緒だった。
基本、血の気の多い連中なのである。
そして、そういったことを繰り返しているうちに、だんだんと興行めいたことになってきた。勝手に賭けや賞金が出されるようになり――レイジたちが取り締まった。
今では野試合の元締めとして、賞金や賭けの管理まで行なっている。
むろん、これらは正規に許可されたものではない。だが、なにせ元締めグループのリーダーは東方覇竜の息子だ。事実上、半公認の興行と見なされていた。
実際、レイジは得た売上をごまかさず、きちんと申告して納税までしている。
東方覇竜としては、せっかく新たな名物になりそうな催し物をつぶすのは(実の息子がやっていることもふくめて)もったいなく、レイジの騎士学校卒業と同時に正式に許可を出すつもりではないか、とまわりからは見なされていた。
「少し出る」
スタッフにそう告げて、レイジたちは町のほうへ向かった。
自分たちで整備した粗末な街道(土魔法で舗装しただけのせまい道)を通って、もともとあった街道へ行く。
しばらく歩けば町が見えてくる。
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