第9話 ダンジョン探索中毒者
「さぁて! 坊主ども、なかなか楽しいピクニックになったみたいじゃねぇか! 無鉄砲なやつぁ俺は好きだぜ? だが、ちぃとばかり自分の腕に自信を持ちすぎだな」
ぬぅっとガイと呼ばれた大男はレイジたちに近づいてくる。そのうしろから、さらに大勢の者たちがやって来た。
うっひょー大量大量! と歓声を上げながら、彼らは魔物の解体をしている。
「確かに、冥府のダンジョン上層はお手軽だ! グレーター・ドラゴンなら単騎で! レッサー・ドラゴンでも三人以上のパーティなら普通に探索できる。だがな?」
ガイは獰猛な笑みを浮かべて、レイジに顔を近づけた。
「そいつぁ、あくまでもダンジョンに慣れた手練なら……って話だ。ダンジョンでの探索、魔物との遭遇戦を何度も経験してきたベテランなら行けるってことだ」
ちらりと、ガイは取り巻きたちに目を向ける。
「お前ら……学校でそれなりに戦闘訓練積んで、なんならケンカ慣れもしてるみたいだが、魔物との戦闘経験はほとんどねぇな? まともにダンジョンに挑んだのも今回が初だ」
「な、なんでそんなことわかるんすか!」
取り巻きの女が反論する。ガイは豪快に笑い飛ばした。
「いきなり竜化するやつがあるか! ダンジョンでの戦闘は連戦が基本だぜ? 一回戦ったらハイ終わり、じゃねぇ! 何度も何度も戦う!」
ガイは鼻を鳴らす。
「確かに竜化は強力だ。だがその分、消耗が激しい。一戦終わったら気ぃ抜いていい対人戦とは違うんだよ、嬢ちゃん! ここに!」
とガイは腕を広げる。
「安全圏なんてねぇんだ! 常に危険と隣り合わせ……いつ次の魔物が襲ってくるかわからねぇ。そんな状態でほいほい切り札なんて使ってたらあっという間に力尽きるぜ? つーか力尽きてるからこうなってんだろ?」
ガイは苦笑いだ。
「だいたいお前ら、竜化してブレスぶっ放してどうすんだ? 魔物が跡形もなく消し飛んでるじゃねぇか。あれじゃあ素材回収どころか魔石ごと吹っ飛んじまってるだろ? 手練だったらな」
とガイは自分のうしろを親指で示す。あざやかな手並みで解体作業を進める者たちの姿が目に入った。
「ああいうふうに急所だけピンポイントでぶち抜くんだよ。そうすりゃあ魔石はもちろん肉、皮、骨……全部持って帰れるからな!」
まぁそもそも、とガイは笑う。
「慣れたやつなら狙いの獲物だけを見定めて、無駄な戦闘は極力避けるもんだ。ところがお前ら、堂々とダンジョンを練り歩いて隠密する気配ゼロだ。そりゃこいつら素人だなって一発でわかる。むしろこれで『ベテラン探索者です』なんて言われちゃ、こっちがびっくりよ!」
ふたたびガイは豪快に笑ってのける。
「ほれ! 案内してやっからさっさと上に戻りな! 探索者やりてぇ、ってんならちゃんと最上層でイロハを学んでからチャレンジするもんだぜ。一足飛びにやったってうまく行くわきゃない。さっき見たあいつだって――」
「さっきのがメイなのか? ミニチュアの?」
口をはさんだレイジを、ガイは物珍しそうな顔で見る。
「なんだお前? メイのファンか?」
ガイは顎を撫でながら目をすがめる。
「あいつだったら見ての通り、ダンジョン最深部へ出発しちまったぜ。ありゃあしばらく戻ってこねぇな。まぁタイミングが悪かったな!」
「別に本人に会いに来たわけじゃねーよ。ただ……どんなやつか知りたかっただけだ」
ほう? とガイの顔色が変わる。興味深そうな顔つきだ。
「どんなやつって言われりゃ……さっき見たとおりだな。凄腕の――いや、間違いなく世界最高峰の探索者だ。まっ、俺だって全部の探索者を知ってるわけじゃねぇ。だが、あいつより腕のいいのは見たことがない」
そうか、と答えてからレイジは訊いた。
「あいつは最初から強かったわけじゃないのか? ミニチュアなのに――」
「言っちゃなんだが雑魚だったぜ? 知らなかったのか? この辺じゃ有名な話なんだがな。最初の頃はレッサーよりずっと弱かった。だがどんどん強くなって、今じゃあの実力だ」
ガイは肩をすくめる。
「なんせ暇さえありゃダンジョンにもぐってひたすら魔物とやり合ってるようなやつだ。いや、最初は魔物じゃなくて魔獣から始めたんだったが……ともかくずーっとダンジョンを探索し続けてるような中毒者だぜ? ま、ある種の狂人ではあるんだろうよ」
大男は楽しげに笑う。
「自分が強くなること以外、これといって執着は見えねぇな。もっとも、今見たとおり気前のいい男でもある。別にひねくれ者ってわけでもねぇ。お前らを助けたのを見てもわかるように、意外と世話焼きだ」
もっとも、とガイは鼻を鳴らす。
「生粋のダンジョン育ちだからなぁ。外の人間からすりゃ荒々しかったり容赦なかったりする一面も持ってるぜ? 本人は苛烈なつもりなんていっさいねぇだろうがな!」
まぁ常識や価値観の違いってやつだ! とガイは豪放に笑う。
「あいつと付き合うつもりなら、その辺は理解しといたほうがいいぜ?」
「別に友人になろうと思ってきたんじゃねーよ」
「おっ? そうなのか? だが、あいつ――胸のデカい美人が好きって言ってたぞ?」
そう言ってガイは取り巻きの女を見るのだった。
「ちょ――! うちはレイジさんのもんなんで! そういうのマジでやめてください!」
「なんだ、そっちの姉ちゃんがメイのやつに惚れてんのかと……」
「違うっす! 誤解っす! っていうかドラゴンはだいたいデカいじゃないすか!」
取り巻きの女がレイジに抱きつきながら全力で否定の言葉を吐いた。
「俺たちは別にあいつをどうこうするつもりはねーよ」
レイジは言った。
「ついでに言っとくと、ダンジョン探索するつもりもねーし。ただ……メイとかいうやつの戦ってる姿を見てみたかっただけだ。本当に強ぇのかどうか」
「ほう? で、どうだったよ、あいつは?」
「よくわかんねーよ」
正直にレイジは言った。
「少なくとも、俺はあいつがなにをやったのかまったくわからなかった。魔法使って倒したくせぇってことくらいだ」
レイジはため息をつく。
「まぁ俺よりは強いんだろうよ。ダンジョン最深部に――ってのがマジか嘘かは知らねーが、一角の人物だってことはなんとなく理解できた」
レイジは歩き出す。
「帰る。道案内、してくれるんだろ?」
「おうよ! ついでに礼も受け取るぜ? 飯、奢る気はねぇか?」
「奢りじゃなくて、たかる気じゃねーか! あいつがぶっ倒しまくった魔物全取りできて大儲けだろ!? よく知らねーけどよ!」
「もちろんだぜぇ! だがそれはそれとして、お前らを助けた謝礼も受け取る!」
「どんだけガメついんだよ! つーか助けたのメイであってあんたじゃねーだろ!」
道案内にゃ感謝するけどよ! とレイジたちは文句を言いつつ最上層の町へと戻った――魔物はメイが掃討し尽くしたらしく、まったく襲われなかった。そして結局、自分たちが昼飯を食べるついでに奢った。
ダンジョンを出たとき、レイジはすっきりした気分になっていた。
〔将来のエルダーより今をときめくミニチュアか……〕
趣味が悪い――そう思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。兄よりあのミニチュア……メイに惚れたからといって、今はそんなに不自然に思えなくなっていた。
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