第8話 ミニチュア・ドラゴンに助けられる
基本的な構造は、地下四階とさして変わらないようだった。
ただ、明らかに四階よりも広くなっている。特に高さが顕著だった。それまでは五階建ての建物と同じくらいだったのが、十階建てと同じほどの高さになっている。
フロアを進むと下り坂になっていたため、天井の高さはさらに上がった。
しかも先ほどまでと違って、だいぶ道が入り組んでいる。目の前の道が三方向へ分かれ、平板な道、さらに下り坂、逆に登り坂……平板な道を進むと、下り坂になっていた道が崖下のように視界に映った。
やがてレイジたちは大きな部屋――というより開けた空間に出た。
まわりは壁……ではなく四方を切り立った断崖に囲まれている。翼を使って飛行すれば崖のうえに登ることもできそうだったが、通路はあちこちに伸びていた。
もうだいぶ進んだように思えるのだが、未だに地下六階への階段が見えない。
というより、四階まではあった案内図や路面標示がなくなってしまったため、レイジたちはどちらに向かえばいいのかわからなかった。
〔これが本物のダンジョンってわけか?〕
レイジが薄ら寒いものを感じていると、取り巻きが「うわっ!」という悲鳴を上げた。
どうした――と聞くまでもなく、荒々しい獣の呼吸音が聞こえてくる。見れば、曲がり角の道から、巨大な一本角の虎が姿を現した。
ゾウよりも大きな巨体を揺らめかせ、威風堂々とレイジたちのほうへ歩いてくる――距離が近づくにつれ、レイジは虎のしっぽが蛇になっていることに気づいた。
「れ、レイジさん……なんか、見るからにヤバそうなのが――」
よほど動揺しているらしい。取り巻きは虎を指さしながら、乾いた笑みを浮かべてレイジを見る――わかりきったことを言いながら。
「下がってろ!」
持ってきた長剣を抜き放ち、レイジは虎に向かって一直線にひた走る。魔法で火球を放ち、虎の顔面にぶつける。
視界を奪うと同時に跳躍し、刃を脳天に叩き込んだ。が――
〔かてぇ!?〕
剣は魔力で強化してあった。むろん身体能力もだ。大岩を易々と両断するほどの斬撃である。にもかかわらず、虎はまったく傷ついていなかった。
額の一本角であっさり受け止められ、逆に強烈な前足の一撃を喰らう。もろに腹に入って、レイジは血反吐をぶちまけながら後方に吹っ飛ぶ。
とっさに魔法で障壁を展開したものの――虎はあっさりとレイジの防御魔法を貫通してきた。長剣が手からすべり落ちて床を転がっていく。
「れ、レイジさん!」
取り巻きが急いで助けに行こうと動く。だが、いつの間に現れたのか、一本角の大きな狼たちが群れなして襲ってきた。
しかも、狼たちは見事な連携で取り巻きたちと距離を取りながら攻撃してくる。
近づくと見せかけてフェイントをかけ、魔法を放ち、そして目の前の敵に集中しているところへサッと近づいて鋭い牙を、爪を突き立てる。
レイジに加勢するどころの話ではない。むしろ取り巻きたちのほうがやられそうだった。
「クソが……! ナメんなぁ!」
レイジは本気を出した。気合を入れ、自らの肉体を竜に変じさせる。人型から巨大な――文字どおり本物のドラゴンの姿へと体を変貌させる。
竜の竜たるゆえん……切り札、竜化である。
レイジは竜化した腕で虎の足をつかんだ。しっぽの蛇が噛みついてくるが――硬い竜のうろこに牙は突き通らない。レイジはそのまま地面に叩きつけた。
虎は悶絶し、悲鳴を上げる。
すかさず、レイジはブレスを放った。口から凄まじいエネルギーが解き放たれ、虎の体を一瞬で蒸発させる。
さすがに竜化してしまえば、上層の魔物も敵ではなかった。
レイジが竜化したのを見て、取り巻きたちもそれぞれドラゴンに変じ、あっという間に魔物を全滅させる。
「ははん! 見たっすかー! こんくらい、あたしらの敵じゃないんすよー!」
取り巻きの女がはしゃいで言う。ところが、その声に応ずるように新手が現れた。
それも、今度は一本角の虎が二体、狼が二十以上、さらに小型犬ほどのサイズの、やはり一本角のネズミが無数に姿を見せる。
〔焼き尽くしてやる!〕
とレイジは反射的にブレスを放つ。取り巻きたちもそれにならって、ブレスを放った。
しかし、魔物たちはその動きを読んでいたように散開し、一気に後退した。
決して近づかない――イラ立ったレイジたちは追撃するが、魔物の軍勢は退避する。そのくせ、完全に逃げるでもなく一定の距離を取り続けた。
追うレイジたち、逃げる魔物たち。
複雑な通路を竜化したまま突っ走り、しばしばブレスを吐いて攻撃し、やがて大きな部屋にたどり着いた。
「追いつめたぜ!」
レイジたちが我先にと飛びかかった途端、魔物たちはいっせいに散開し、部屋の出口に殺到した。
「逃がすかよ!」
そう叫びつつ――レイジはようやく、自分の行為が「深追い」に当たり、魔物たちにハメられたのだと悟った。
部屋は行き止まりである。唯一の出入り口はひとつだけ……そして、自分たちは魔物に襲いかかろうと部屋の中ほどまで来てしまっており――魔物たちは散り散りに逃げ、出入り口へ向かっている。
気がついたときには、レイジたちは逃げ場のない部屋に誘導されていた。しかも唯一の出口からは、数多くの魔物が部屋に侵入してくる。
完全に包囲されていた。
加えて全員、疲労が深刻だった。調子に乗って使いすぎたのだ。これまでさんざん竜化したままブレスを放ち、魔物を追いかけ回したため、レイジたちは激しく消耗していた……もはや竜化を維持できないほどに。
「れ、レイジさん――ヤバいっすよ……!」
息を切らしながら、取り巻きの女が言う。全員、レイジもふくめて人型に戻ってしまっていた。
「わかってる! とにかく、退路を――!」
どこに? とレイジは自問自答した。逃げ道などない。
ほかの部屋と違い、突き当たりのここは壁に囲まれ、高い天井があるだけの場所だった。
崖のうえに飛んで逃げることはできない。ほかに通路もない。唯一の道は、魔物たちが大挙して押し寄せ、塞がれている――絶体絶命のピンチだった。
「俺が行く! お前らはその隙に――!」
「な、なに言ってるんすか!? 置いてけるわけ……!」
と言い争いが発生しそうになったところで、突如として魔物の軍勢が力を失ってバタバタと倒れていった。
一瞬だけ、魔力を感知する。だが、あまりにも一瞬で、それが本当に魔力だったのか確信が持てないほどだった。
〔魔法で攻撃した……のか? 誰が?〕
疑問に思う間もなく、唯一の通路から少女ひとりが歩いてきた。ボーイッシュな装いの娘で、年の頃は十歳くらいだろうか。
もっと女の子らしい服を着たほうが似合っているだろうに、どういうわけか男物の恰好をしている。
誰だ? と思ったが、直後に理解した――メイだ、と。
話に聞いていたとおりの見た目だった。幼い少女のような外見で、見てくれは完全にニューマンと同じ。角もない、翼もない、しっぽもない。ドラゴンとしての特徴をいっさい持たない男。
そう、男だ――だから、最初はその声音がメイのものだとレイジはわからなかった。
「大丈夫そうだね」
あまりにも、かわいらしい声だった。男らしさどころか、少年らしさすらない。完全に女の子の声で、レイジは一瞬〔こいつがメイじゃないのか?〕と戸惑ってしまった。
「じゃ、ガイさん。あとは任せていい?」
「おう! 任しとけ! ところでメイ、この獲物は本当に俺たちが全部もらっちまっていいのか?」
「いいよ。俺これから下に遠征だし、今さらこんなの荷物に持ってく気ないから」
「がっはっは! 最深部にもぐれるやつぁ豪気なもんだ! きらいじゃないぜ!」
うしろから現れた大男がメイの頭を撫でた。メイは苦笑いで手を振り、通路の奥へと消えていった。
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