第7話 冥府のダンジョン最上層
シズクは豪商の娘だ。ダンジョンで手に入る品の売買で成り上がった。
現在は総合女学校を卒業し、大学予科に通っている。金持ちの娘だけあって、父親はボディガードを何人もつけているらしい。
「ダンジョンつながりで、ミニチュアとは顔見知りだったのかも知れないっすねぇ」
などとのんきなことをつぶやく取り巻きたちを引き連れて、レイジはダンジョンに向かっていた。もちろん、行き先は冥府のダンジョンだ。
メイが暮らし、そして幼い頃からずっともぐり続けているという世界最大の、そして世界最高峰の高難度ダンジョンである。
竜群島にもダンジョンはいくつも点在していたが、冥府のダンジョンほど有名なものはない。というより、冥府のダンジョンの知名度ががあまりにも高すぎて、ほかのダンジョンがマイナーになってしまったのだ。
便宜上、冥府のダンジョンは最上層、上層、中層、下層、最下層、そして最深部という六つのセクションに分けられている。
最上層は比較的安全で――というより、地下一階と二階にいたっては開拓され、町になっているのだから呆れてしまう。
〔なに考えてダンジョンに住もうなんて思ったんだ?〕
正直、狂気の沙汰としか思えなかった。だが、立派な観光名所として外貨を稼いでいるのだから文句をつけるわけにも行かない。
実際、初等科学校では重要な観光資源だと習う。
なんなら遠足や修学旅行の行き先として、冥府のダンジョンが選ばれることさえある。レイジも昔、冥府のダンジョン地下一階に行ったことがあった。
「おおー、なつかしいっすねー」
レイジの腕を取って、はしゃいだ様子の取り巻きの女だったが――辺りを見回していた際、急にある一点を見て……猫のようにびくりと硬直した。
「どうした?」
「ゆ、幽霊っす!」
慌てふためいた顔で彼女はレイジを見て、一点を指差す。
観光地だけあって、人でいっぱいだ。大騒ぎする取り巻きの女が指差すほうを見やるも――それらしい人物は見当たらない。
「そもそも幽霊って誰だよ?」
「お、お葬式行ったじゃないすか! 二年前にレイジさんとケンカして負けて、それでダンジョンに――!」
「ああ? なんであいつが出てくんだよ? つーか葬式行ったんだからこんなとこに生きてるわけねーだろ?」
「だ、だから幽霊なんじゃないすか!」
涙目になって怯えている。レイジは呆れて、ため息混じりに彼女の頭をぽんぽんと叩いた。
「見間違いだろ。人多いし、どうせ他人の空似だ。知らねーのか? この世には自分と同じ顔の人間が三人はいるって」
「うえー……? そ、そうっすかねー?」
取り巻きの女は釈然としない様子だった。
だがとにかく、うながしてダンジョンの入口――もなにも、すでにダンジョン内なのだが、とにかく地下への階段を降りていく。
〔完全に開発されてて外と見分けがつかねーんだよな……〕
ダンジョン内は明るい。常に一定の光量が降りそそいでいて、夜になっても暗くならない。
さすがに日の光ほどではないが、魔光灯で煌々と照らされた室内のように、ダンジョンのなかは昼も夜も明るかった。
道は舗装されているし、建物も看板もあって、当然のように店屋も開いている。みやげ物屋はもちろん、レストランや劇場、ホテル、遊技場なんかもある。
民家のあいだを縫うようにして食料品店や衣料品店、雑貨店も点在しており、各種専門店も揃っていた。
言われなければ、ここがダンジョン内だとはわからないだろう。
地下二階も、正直似たようなものだ。
ただ、三階と四階については、それなりにダンジョンらしくなってくる。だだっ広い岩の道が続き、両サイドは崖のように切り立っている。
ダンジョンのフロアは広大で、しかも高低差がだいぶあった。
吹き抜けのように天井が高く、あちこちに登り坂と下り坂があり、道は横だけでなく縦にも伸びている。
〔普通の建物だったら五階分くらいの高さだよな、コレ……〕
レイジは上を見上げる。道は縦横無尽に伸びており、なんなら両サイドの崖も登ることができた。
そして、道の先には大小様々な部屋があって、そこにはダンジョン内でしか取れない植物やら鉱物やらがあるのだった。
〔これだけ見りゃ、「いかにもダンジョン!」って感じなんだがなぁ……〕
取り巻きを引き連れたレイジは、ちらりと横目を見やる――観光客が、ガイドと一緒に物珍しげな様子で冥府のダンジョンについての解説を聞いていた。
ここも、観光ツアーの一部に含まれているのだ。
実際、定期的に巡回されていて、地下一階や二階と同様、魔物とはそうそう遭遇しない……もちろん危険がないわけではなく、護衛なしでは絶対にうろつかないように注意が徹底されてはいる。
だが、それでも――本物のダンジョンらしさに欠ける。
なにせ地下四階への案内図やら地図やらの看板があちこちに立っているのだから。地面を見れば、誘導のための路面標示すらある始末……!
地下四階も似たような構図で、こう言ってはなんだが――ほかのフロアも全部この調子なんじゃないか? とレイジは疑い始めていた。
〔まぁ確かにこんだけ開発されてりゃミニチュアでも下層まで行けるかもしれねー〕
正直、眉唾だと思っていたが、ひょっとしたら内実はそんなものなのかもしれない。
中層は危険だとか、下層は腕利きでも手が出せないだとか……それは冥府のダンジョンというブランドを高めるための宣伝文句であって、実態はダンジョン探索に慣れたものなら普通に行き来できる程度の難易度でしかないのではないか。
レイジが疑惑を強めてきたところで、地下五階への階段が見えてきた。
だが、長い階段を降りた先で――レイジは息を呑んだ。
それまで観光気分で騒いでいた取り巻きたちも、一様に押し黙ってダンジョン五階をながめている。
〔ここが……冥府のダンジョン上層か〕
地下五階以降は、最上層ではなく上層に分類される。危険度が跳ね上がるといわれる場所だ。路面標示はなく、看板も立っていない。
なにより先ほどまでは聞こえてきた人声がまったくしなくなっていた。四階は、まだ賑わいが感じられた。だが、ここにはそういったものがまったくない。
明らかに、空気が変わった。
「れ、レイジさん……」
怖気づいたような様子で、取り巻きの女がレイジにひっついてきた。
「……行くぞ」
レイジは歩き出した。
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