第18話 許可を得るための各国巡り

 クラブ大陸には大小様々な国がある。


 中でもコーラル王国、アクアマリン共和国、モルガナイト帝国の三カ国は大国といっていい規模で、事実上クラブ大陸はこの三国が中心となって治められている場所だった。


 メイはリンネをともなって出発した。


 もちろんセバスとカノンの二人も一緒だ。セバスはもともとリンネの従者だったが、結婚したことで妻のカノンもリンネ付きの侍女となっている。


 四人は、まず北に向かってコーラル王国に足を踏み入れた。


 一番近かったのもあるが、三カ国は鉄道が通っているのだ。コーラル王国からアクアマリン共和国へ、アクアマリン共和国からモルガナイト帝国へ行くのがもっとも効率的だった。


 コーラル王国では、名物の桜並木があちこちで見られる。


 特に王都の目抜き通りは桜の名所として有名だった。王城に続く道もすべて立派な桜が植えられている。品種改良によって、一年中きれいな花が咲き誇っていた。


 クラブ大陸は温暖で、常春に近い気候だ。しかしそれでも、夏と冬では多少の寒暖差がある。さすがに品種改良なくして、このような光景は作れない。


 リンネはメイと手をつないで歩きながら、美しい桜並木に見とれていた。常に新しい花を咲かせるため、定期的に花びらが散って雪のように舞い落ちている。


「ちょっと意外だね」


「何がですの?」


 リンネは小首をかしげる。メイは桜に目を向けた。


「ずいぶん熱心に見てるから。ご近所さんだし、結構見慣れた光景かと」


「ご近所って隣の国ですけど!? 距離的にもかなり離れてますわよね!? いえまぁ、確かにあの速度なら気軽に来られるでしょうけど!」


 リンネはここに来るまでの出来事を思い出して身震いした。


 国をまたいで鉄道が敷設されているのは、あくまでも三カ国だけである。三つの大国をそれぞれ結ぶためのものであって、当然小国であるリンネの故郷とコーラル王国は繋がっていない。


 通常なら徒歩か馬車、変わったところでは魔動車まどうしゃもある。


 だが、メイはどの手段も取らなかった。彼は魔法で風を操って、飛んだのである。いや、自分だけならいい。メイ本人がその方法で移動するというなら、別に文句はない。


 先に王都まで行って、適当に観光でもしてくれればよいのだ。問題は、


「面倒だからさっさと行こう」


 と言って、リンネたちまでぶっ飛ばしたことである。


 とてつもない強風に吹き飛ばされ、まるで砲弾か何かのように撃ち出された。リンネたちの悲鳴が、まるで流れ星のように遠く彼方へと離れていき、あっという間に王都まで着いた。


〔まさか二十秒足らずで着くとは思いませんでしたわ……〕


 千キロ近くも離れているのに……着地の瞬間、あまりの速度につぶれて死ぬのでは? と恐怖を感じたが、メイはその辺りも抜かりなく、落下直前に風で勢いをやわらげ、実に「ふわっとした」着陸ができた。


 正直――二度とやりたくない。


 従者になったばかりのカノンは恐怖で泣きそうになっているし、セバスですら青い顔だ。彼は妻の小さな体を抱きしめ、互いの無事を喜び震えていた。


 そんなわけで、リンネはめちゃくちゃに怒った。恐怖をごまかす意味もあったが、とにかく当たり散らさずにはいられなかったのである。


 メイも神妙な顔をしていて、特にカノンの弱りきった様子には配慮が足りなかったと謝罪の言葉を口にした。そして、


「なんでわたくしじゃなくて他人の妻を真っ先に気遣ってんですのコイツ!?」


 とリンネの怒りをさらに燃え上がらせていた。


「あー……悪かったって。ほら、俺と違って見た目どおりに脆弱だから、つい……。リンネをないがしろにしたわけじゃないんだ。ごめん」


「わかってくださればいいですけれど!」


 でも! とリンネは人差し指をメイに突きつけた。


「この移動方法は禁止! 禁止ですわ! ご自分一人ならどんな方法だろうが、かまやしねーんですけどねぇ! 他人を巻き込むのはご法度なんですわ!」


 というようなやり取りが、ついさっきあったのだった。


「メイさん……あなた」


 リンネが疑うような目を向ければ、少しばかり気まずそうな顔でメイは答える。


「違うって。ちゃんと反省してるよ。リンネが嫌がるような移動手段は、もうやらないから。そうじゃなくて――お姫さまだし、この国にも何度か来たことがあるんじゃないかって思って」


「確かに王族が他国を訪問するのは珍しいことではないですけれど……わたくしはそういう義務ほっぽり出してたので」


 今度はリンネが気まずそうに言った。


「まぁ……そもそもうちは小国ですから、そんな頻繁に他国を訪問することもなかったみたいですけど」


「ふぅん、そんなもんなんだ」


「メイさんはあまりお花には興味ないようですわね?」


「薬草になるタイプなら興味あるよ。そうじゃない普通の花は……まぁ嫌いでも好きでもないかな」


 メイはそう言って肩をすくめた。


「うーん、見事にダンジョンで生きてきた人のセリフって感じですわね」


「偏見だね。たぶん探索者でも普通の花が好きな人もいるでしょ?」


「それはそうですけれど」


「それよりさっさと行こう。観光するなら終わったあとのほうがいいし」


 メイは目前にある王城を見上げた。

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