第12話 自分に欲情する相手が好き、というと変態みたい

「俺が覇竜の仕事なんてしないって言ったら――部下にやらせて好きにすればいい、とか言いそうだね。っていうか、たぶん俺が全然戻ってこなかったら勝手に『とりあえずお前が代行してろ』って誰かに押しつけてそう」


 国王は愉快そうに肩を揺すった。


「笑い事じゃないんだけど」


 メイは疲れた様子でリンネにもたれかかった。


「すまない……ただ、やはりそういう振る舞いはドラゴンらしい、と思ってね。おとぎ話に聞かされる昔のドラゴンの姿そのものだ」


「傍若無人なところが?」


 国王はうなずいた。


 それから「傍若無人ついでに」と、彼はかたわらのメイドに顔を向けた。


 室内にいるのはメイ、リンネ、セバス、国王のほかに、小さなメイドを含めた五人だったのである。


 このメイド――リンネも気になっていたのだが、ずいぶんと幼い。おそらく十歳か九歳くらいではないか。背丈はメイよりもちょっとばかり小さく、華奢な見てくれだった。手足も細く、胸も小さい。


 セミロングの髪に大きなリボンが特徴的な、とても愛らしい見た目で、なんというか……セバスが大喜びしそうな女の子だ、とリンネは思った。


 事実、かたわらに立つセバスはどことなく満足げな表情を浮かべていた。


 いや、満足を通り越して、それは至福の表情だった。この空間に――この可愛らしい女の子と一緒にいられる時間が、素晴らしくかけがえのないものだと言わんばかりに目を閉じ、セバスはゆっくりと深呼吸を繰り返しているのだった。


〔森林浴でもしてんですの、こいつ?〕


 リンネは己の従者に冷たい目を向けた。


「その子がどうかしたの?」


 メイがいぶかしげに訊くと、国王は微苦笑を浮かべて手を振った。


「この子も嫁にどうかと思ってね。もともとセバスの相手として連れてきたんだが」


 ええ!? とリンネとセバスが同時に声を上げた。


「いやセバスの相手ならセバスと結ばせてあげようよ……っていうか」


 メイは言いづらそうに女の子に目を向けてから、ためらいがちに口を開いた。


「俺は、アレなんだよね……胸は大きいほうが好きだし、セバスの同志じゃないからさ。自分の見てくれ棚に上げて何いってんだって感じだろうけど、せめて十代後半以降というか……」


「しょ、正気ですかメイさん……!?」


 セバスが驚愕の声を上げた。目の前の現実が受け入れられず、戦慄した様子だ。


「この素晴らしい美少女より――お嬢さまを選ぶと!?」


「見た目だけなら圧倒的にリンネのほうが好みだよ? そこは断言するよ俺」


「そうですか……。まさか同じ男性でありながら、これほどまでに意識の差が……」


「セバスと同じ好みの男そうそういないと思うよ? それに」


 とメイは困り顔をメイドの女の子に向けた。


「この子さ、俺を『男』として見てないでしょ? 年齢を考えれば当然なんだろうけど」


「つまり、メイさんに欲情してないからダメだと」


「……言い方ストレートすぎるけど、まぁ平たく言えばそういうことだよね」


 メイはため息混じりに首を横に振った。ふむ、とセバスは顎に手を置く。


「自分に欲情してくれる相手が好き、というと変態みたいですな」


「やめてくれないかな、セバス……。自分でも今ちょっとそう思って、俺って実は変態入ってるのかな? って疑問が湧き出てきたところなんだから……」


「いえ、お嬢さまのお相手ですし、変態なほうがお似合いなのでは?」


「いくらなんでもその言葉は侮辱と受け取るよ?」


「申しわけございません……! さすがに失言でした!」


 セバスが勢いよく頭を下げた。リンネはギリギリと歯ぎしりする。


「なんかわたくし、めっちゃバカにされてるような気がするのですけどぉ!?」


 メイは目をそらした。


「いやだって……。俺、さすがに女湯に侵入してどうこうしようなんて考えたこともなかったから……。さすがにそこまで変態じゃないよねって」


「その件は確かに色々な意味で暴走しすぎてて申しわけねーとは思ってますけどもぉ! だからって侮辱扱いはひどすぎませんか!?」


「ああ、うん……ごめんね?」


 メイはぽんぽんとリンネの頭を撫でた。


「もう少し撫でたら許して差し上げますわ! そしてわたくしも撫で撫でですわ!」


 リンネはどさくさにまぎれてメイの体をまさぐった。


 そして、んひひひ……と喉を鳴らして笑うのだった。完全に発情した女のそれである。本人は気づいていないが、実にだらしない笑みだった。


「うんまぁ……その子は絶対こうならないよね」


 メイは半眼になって言った。


「いえ、それ以前に年齢を考えれば、そもそも男性とお付き合いして――云々の話をすべきではねーと思いますわ!」


 リンネはハッとして表情をひきしめ、さりげなくよだれをぬぐった。

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