第11話 暴虐竜のメイ

 覇竜は全部で五人いた。


 西方、東方、南方、北方、そして中央覇竜の五人である。覇竜はそれぞれ領土を持ち、ほかの覇竜が自分の領地をどう扱っていようと干渉しない。


 したがって、覇竜同士は対等――ということになっているが、実際は中央覇竜がすべてを仕切っている。なにせ現存する唯一のエンシェント・ドラゴンだ。ほかの、東西南北の覇竜はエルダーであり、エンシェントではない。


 そして、覇竜にはルールがあった……絶対的なルールが。


 負けたものは覇竜を辞し、勝ったものが新たな覇竜となる。例外はない。連綿と受け継がれてきた伝統である。


「中央覇竜はメイ殿を東方覇竜と認めた。当然――ほかの三覇竜も承認した」


 つまり、と国王はメイを見据えた。


「あなたは名実ともに覇竜であるわけです」


「そうなの?」


 メイは首をかしげた。


「ちょっとお兄さま!? 当人が把握してねーんですけど??」


「自覚があろうとなかろうと」


 国王は苦笑した。


「彼が覇竜である事実は変わらないよ」


 ふぅ、と国王は疲れた様子で息をつき、背もたれに寄りかかった。


「だからこそ、リンネの暴挙には肝を冷やした。新たに覇竜となったメイ殿は『暴虐竜』の二つ名がつけられるほど気性が荒い。まるで、かつての――覇竜大戦以前のドラゴンを思わせる男だとね」


 国王は深刻な顔で語った。


「なにせ竜群島にいる部下から高速便で報告書が届くほどだ」


「高速便って飛行船の? よく使えたね?」


 メイが怪訝な顔をすると、国王はくっくと喉を鳴らした。


「大ニュースだからだよ。墜落・撃墜のリスクを負ってでも早急に情報を伝える必要があると……そう判断したのさ。むろん、うちだけじゃない。ほかの国も、だ」


 空路は危険だった。


 海路もだが、空よりはマシだ。なにせ凶悪な魔物がうじゃうじゃいて、しかも数が多い。海にも魔物はいるが、空ほど強くはなく、襲ってきても単体かせいぜい一桁だ。


 一方、空の魔物は群れをなす。数十、数百の軍勢が一斉に襲いかかってくる。


 加えて、天候の荒れ具合も問題だった。海も突然の高波や渦潮の発生など脅威は多い。だが、空ほどではないのだ。


 空路の場合、突然の嵐に見舞われる。さっきまで晴天だったはずなのに、いきなり雷雲が集まって雷と暴風に襲われることも珍しくない。竜巻が起こることさえあった。


 だからこそ飛行船はそうそう飛ばないし、飛ばせない。


 そもそも数が少ないのだ。あったとしても、それは陸上を低空飛行するためのものであって、高空を――それも海の上を飛ばすことはめったにない。危険だからだ。陸は人の領域だが、空は魔物の領域なのである。


 海は、人と魔物が勢力争いをしている場だ。沿岸部や特定の航路は比較的安全だが、指定のルートを外れると途端に危険度が跳ね上がる。


 もちろん陸もすべてが安全地帯なわけではない。人里離れた森や山、ダンジョンなどは魔物のテリトリーである。


「飛行船は共同所有でね。うちのような小国も一枚噛ませてもらってるんだ」


 国王は紅茶で喉を潤しながら言った。


「当然、権限はないに等しい。大国の意向に沿って、飛ぶか飛ばないかは決められる。うちは相乗りするだけさ」


 国王は目をすがめて笑った。リンネが神妙な顔で言った。


「つまり……それほどの緊急事態だと? 他国がこぞって、飛行船を飛ばしてでも急報を知らせねばならないと……」


「覇竜の交代自体が大ニュースで、しかもそこに簒奪での交代、おまけに現場はとんでもない凄惨さだったそうでね」


 国王は紅茶のカップを置くと、肩をすくめた。


「覇竜は一家総出で襲いかかり、親衛隊まで率いていたという話だよ。そして、それらすべてをことごとく返り討ちにして痛めつけ、拷問していたと……」


「拷問って……」


 メイは不服そうに言葉を漏らす。


「訊くことないのになんで拷問するのさ?」


「さてね。現場にいなかった人間に聞かれてもわからないさ。ただ、報告書には『覇竜一家と親衛隊は、生きているのが不思議なくらい痛めつけられていた』と」


 国王はお手上げといった様子で手を上げた。


「東方諸島は今や恐怖に包まれているそうだ。新たな覇竜の恐ろしさに皆が震え上がっている、とね」


「だとしても俺には関係ないかな」


 メイはため息まじりに言った。


「覇竜なんてやるつもりはないし」


 国王は苦笑いを浮かべる。


「少なくとも中央覇竜は承知しない――と僕は見ているが。実際に会話したことがある側の意見はどうかな? 中央覇竜は、君が覇竜をやめると言ったら素直に承諾するような人物なのかい?」


 メイはしばらく押し黙った。


「……うーん、いや、絶対に承知しないかな、あの人……」


 うんざりした様子でメイは答えた。

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