第10話 国王は頭を下げる

 逮捕されたリンネはそのまま留置場に連行――されたわけではなく、王宮へ連れて行かれた。リンネの蛮行は兄である国王の耳にも入り、即座に連れてくるように言いつけられたのだ。


「っていうかお姫さまだったの? お姫さまがシュレディンガーのおちん◯んとか言ってたの?」


 国王の私室である。大きなテーブルの四方にふかふかのソファが据えられていた。リンネはメイを膝の上に載せて座っている。セバスはリンネの後ろに立っていた。上座にいる国王は、メイの言葉を聞いて頭を抱えている。


「なんでそんなセリフが……と言いたいところですが」


 国王は吐息混じりに顔を上げた。表情に疲労が見える。


「我が妹の発言なら、なんとなく状況が察せてしまいますよ。この子は……昔から旧人類ヒューマンの遺産を好んでいましたからね」


「エロ系の動画とか本とか?」


 メイの言葉に、国王はうなずいた。


「まぁ健全な人間ならその手のことに興味があるのは当然のこと……ただ、我が妹はいささかそれが過剰だったようで、今回は大変申しわけありませんでした」


 国王はあっさり頭を下げた。リンネが慌てた。


「ちょ! お兄様! 一国の王がそんな簡単に――!」


「原因お嬢さまですけどね」


 セバスが茶化すように口をはさんだ。


「確かにそのとおりですけどもぉ!」


「気にしなくていいよ。っていうかなんで敬語?」


 メイがいぶかしげに訊くと、若き国王(まだ二十代だった)は興味深そうに目を細めた。


「それはつまり……敬語でなくてもいい、ということかな?」


「リンネの言うとおり、一国の王様なら偉そうにしてていいんじゃない? あんまり偉そうだと腹が立つかもだけど。むしろ俺のほうが礼儀知らずだから――」


「礼儀……ね」


 国王は意味ありげに微笑した。リンネが小さく首をかしげる。


「どうなさったのです? 確かにメイさんは礼儀に欠く態度ですけれど、ここは非公式な場ですし、なによりメイさんはわたくしの夫になるのですから、つまりはお兄様にとっての義弟! 多少は――」


 国王は手でリンネの言葉を制した。


「妹の一件は本当に失礼した。いや、一報を聞いたときは肝が冷えたよ。詳細を聞けば聞くほど妹のやらかしがあまりにひどくて、どう賠償したものかと……」


 大げさだなぁ、とメイは笑った。


「確かにびっくりしたし、変な女だとも思ったけど――俺を男として見てくれる貴重な人間だ。むしろ普通の奴じゃ、俺を男として認識してくれない。だから別にいいさ」


 メイは首を上向けて、自分を抱っこするリンネを見上げる。


「それより俺は対応の早さに驚いたよ。国王ってもっと忙しいんじゃないの?」


「予定はすべてキャンセルだよ。むしろ遅すぎたんじゃないかとビクビクしていたくらいさ」


 メイのいぶかしげな視線に、国王は自嘲するように笑った。


「あの時ほど、国中に電話線を張り巡らしておいてよかったと思ったことはない。同時になぜ温泉宿に鉄道を敷設しておかなかったのかと後悔もしたさ」


「そういや電話があったんだっけ」


 セバスの通報も、電話があったからこそ迅速にできたことだった。


「小さな国なのに、よく旧人類の再現技術を普及できたね?」


「小さな国だからこそ、さ」


 国王は肩をすくめた。


「もっとも、メンテナンスが大変だし維持費も莫大だ。使用率の低い場所は撤去せざるを得ないかもしれない。なんだかんだ魔素による汚染がね……」


「そっちの研究は進みそうにないんだ。あんまり興味ないからよく知らないけど」


 国王は苦笑いで首を横に振った。


「大昔から研究されて、まったく進展がないんだ。そりゃいきなり進歩なんてしないさ。たぶん、旧人類の技術水準に追いつくのは一万年かかっても無理なんだろうね」


 国王はメイドが淹れてくれたコーヒーを口にした。


「竜群島では、旧人類の技術再現にあまり力を入れていないとか?」


「そう聞くね」


「では、今後も力を入れるつもりはないわけだ? 我が国と技術交流をするつもりも……」


「その辺は覇竜に聞いてほしいな。一応会ったことはあるけど、口利きしてくれと言われても困るよ。もう知ってそうだけど、俺は思いっきりトラブル起こしてるからね。中央覇竜ともちょっと話したことあるだけだし」


 国王は、何かを見定めるような視線をメイに向けた。メイは背もたれのようにリンネに寄りかかった。そうして国王の視線に対し、怪訝な顔を返した。


「とぼけ――ているわけではないんだね」


 長い沈黙のあと、国王はそう言って息をついた。


「さっきから何か勘違いしてない? 最初の敬語もそうだけど、俺は別に偉い人じゃないよ?」


 いいや、と国王は力を込めて言った。


「あなたは偉い人だ。東方覇竜が偉い人でないなら、こんな小国の国王など平民となんら変わらない存在だ」


「え、東方覇竜……!」


 思わずリンネが声を上げた。国王がうなずく。


「ご当人に自覚があろうとなかろうと、あなたは間違いなく東方覇竜だ」


 そうでしょう? と国王は言った。


「暴虐竜のメイ殿」

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