第9話 裏切りの男セバス

「せ、セバス!? ど、どういうつもりですの!?」


「ご無事ですかメイさん!」


 セバスは主を無視して声をかけた。警官隊が緊張した面持ちで突撃してくる。あっという間にリンネとメイを引き剥がした。


「確保! 確保ー!」


 という言葉とともにリンネは床に組み伏せられ、一方のメイは「大丈夫ですか!」「もう安心ですよ!」「怖かったでしょう!」と声をかけられている。


「ちょっとなんですの!? どういうことですの!?」


「申しわけありません、お嬢さま……」


 セバスはうなだれた様子で、悔いるように言った。


「ですが信じてください! 私も苦悩し、迷ったのです! ただ、お嬢さまが男湯に行くと言って歩き出した瞬間、早く通報しなければと電話の受話器を……!」


「微塵も葛藤が感じられねーんですけどぉ!?」


 即断してますわこの男! とリンネは叫んだ。


「主を裏切ってなんとも思いませんの!?」


「確かに……自分の仕える主人への裏切り、許されざる大罪でしょう……」


 セバスは拳を震わせた。


「ですが……! それでも! 私はこう言いたいのです……! 自分の主が美少女と見まがう成人男性を逆さ吊りにして、股間を凝視しているのを見てもなお、忠義が揺るがない者のみ石を投げてほしい、と!」


「それ石投げられる人いるの?」


 コートをかけられながらメイが言った。


「私は主人を裏切った最低の従者ですが、人間としての尊厳は守ったつもりです!」


「そこまで言いますフツー!?」


「とにかく犯罪者はお縄についてください! 立派な強制性交罪です! 強姦ですよ強姦! 立派なレイプ犯罪!」


「み、未遂ですわ! というか合意は得られてましてよ!? 強姦違う!」


「犯罪者はみんなそう言うんです!」


 セバスは厳しい顔つきで、己の主を責めた。


「いいですか、お嬢さま。強姦は重罪です。立派な凶悪犯罪です! 未遂であろうと絶対にしてはいけないことですよ!」


「で、ですから合意の上だと……! め、メイさぁーん!」


 涙声でリンネは助けを求めた。メイは自分を連れ出そうとする警官の手を振り払った。


「リンネの言うとおりだよ、合意の上。強姦じゃない。そもそも嫌なら抵抗してるよ」


 え、マジですか? とセバスは眉根を寄せた。


「しかし、驚きと恐怖で抵抗できず――というパターンも」


「そりゃ普通の人ならそうかもしれないけど、俺は現役の探索者だよ? しかも冥府のダンジョンにもぐってたやつ」


 メイは肩をすくめた。


「凶悪な魔物と日常的に殺し合いしてるようなのが、強姦魔と遭遇したからって動けないってことはないでしょ? まぁ弱かったら負けてやられちゃうけどさ」


「脅されて合意だと言わされている可能性――」


「それ侮辱」


 メイのトーンが冷たくなった。


「俺のほうがリンネより格下だと見なしてるからこその発想だよ」


 む、とセバスは言葉に詰まった。


「確かに……。脅すには自分のほうが立場が上で、だからこそ脅しも通用するというものですな。弱みを握られていない限り……」


 セバスはちらりとメイに目をやった。メイは呆れ顔である。


「すっごい疑り深さ。でも脅しの材料になる弱みとかないよ、俺」


「そうですか……。しかし、となると――本当に?」


「疑うなー」


 メイは苦笑いだ


「変態なところは正直どうかと思うよ。でも俺だってこんななりだし、リンネ以外に俺を男として見てくれる女の人がいるかっていうとね……」


「妥協に妥協を重ねたわけですか」


「別に妥協ってほどでもないよ」


 メイは首を横に振った。


「リンネはとんでもない美少女で、少なくとも外見に関しては文句のつけようがない。それに性格だって――今日会ったばかりだけど、悪くはない。変態趣味について思うところはあるけど、非の打ち所がない人間なんて普通いないし、逆に言うと変態って部分以外は不満ないんだよね」


「思ったより好感度が高いですな」


 セバスは顎を撫でながら、意外そうな顔をした。メイは高らかに笑った。


「見た目こんなだけど、俺だって若い男だよ? 爆乳美少女に迫られたら、そりゃ舞い上がっちゃうよ。まして男扱いされた経験まったくないようなのが、かわいい女の子にアプローチされたらね」


「私で言えば、変態趣味を持った絶世の美幼女に声をかけられるようなものですか。確かにそれは抗えませんな」


 セバスはしみじみと言った。


「なんかそれと一緒にされるのはどうかと思うんだけど……まぁいいか」


 メイはすたすたと取り押さえられているリンネのところへ行った。


「ほら、そういうわけだから解放してくれ。こんなんでも恋人だからね」


「め、メイさん……」


 リンネは感動の面持ちで、差し出されたメイの手を取った。


「ところで」


 とメイは立ち上がったリンネに訊いた。


「男湯に侵入するのって合法なの?」


「え?」


 メイ以外の全員が、目を丸くした。リンネは脂汗を流して、ごまかすように周囲に笑いかけた。だが、警官隊は決してごまかされなかった。


 リンネの手首に手錠がかけられた。重々しい音が温泉に響き渡った。

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