第8話 男湯に侵入する変態
のれんをくぐった先には脱衣所があり、メイの脱いだ衣服がカゴに入れてあった。くもりガラスの戸を開けると、すぐ温泉である。
露天風呂で、岩をそのまま加工したかのような洗い場の先に、もうもうと白い湯気を立てる温泉が見えた。庭園のようにきれいに手入れされた木々が植えられ、川音にまじって竹筒から熱そうなお湯が湯船にそそがれている。
メイは体を洗おうとシャワーの前まで来たところだった。彼は股間をさり気なくタオルで隠しつつ、無言でガラス戸へ顔を向けた。
「何やってんのリンネ……」
完全に不審者を見る目だった。リンネは堂々と洗い場に足を踏み入れ、仁王立ちをする。
「確かに、服を着たまま温泉に来るのは奇異に映ることでしょう」
「そこじゃないんだけど? つーかここ男湯……」
「ですが! わたくしはまだ確信したわけじゃねーんですわ! あなたの性別を! 実は自分を男の子と思い込んでいる女の子かもしれない!」
リンネは握りこぶしで力説した。
「観測するまでは確定じゃねーんですわ! そう! つまり……! シュレディンガーのおちん◯んですわ! ついてるかついてないかは誰にもわからない!」
「頭イカれてんの?」
「そしてお生憎様ですが……! わたくし、同性に見せる肌は持っていませんことよ!」
「それだと女湯にも入れないじゃん」
メイは呆れ顔だ。しかしリンネはひるまない。
「言葉の綾ってやつですわ! ともかく、あなたが女の子だということを証明して! 女湯に連行! 一緒に仲良く洗いっこですわ! そのきれいな肌をピカピカにしてやりますわ!」
「目的変わってない?」
メイは気乗りしない、迷う素振りを見せたあと……観念したようにため息を吐いて、リンネに体を向けた。
そしてタオルを外して、自分の股間を見せる。少女的な外見に似つかわしくない、男性の証が立派に生えていた。
「ほら、これで納得してもらえた?」
リンネは黙ってメイの体を凝視していた。
「成人男性なのに、毛が一切生えてないんですのね? つるつるですわ」
「体質なのか無駄毛とか全然生えないんだよ。ひげとかも生えないし」
まぁ生えても似合わなそうだけど、とメイは自分の顎を撫でた。
「とにかく、これで男だって納得してもらえたでしょ? わかったら――」
「まだですわァ!」
リンネは絶叫するように力強く言った。
「実はふたなりかもしれない!」
「頭イカれてんの?(二回目)」
「スレンダーふたなり美少女かもしれねーでしょうが! そうシュレディンガーの以下略!」
「えーと……もうわかったよ」
メイはため息まじりで観念したように言った。
「じゃ、とりあえず股間が見えるように――」
言い終わる前に、リンネは一瞬で距離を詰めた。
「あ、そうやって確かめるんだ……」
リンネはメイの両足首をむんずとつかんで、逆さ吊りにする。足を開いて、メイの股間がよく観察できるようにして、じっくりとリンネはながめた。
「確かに……あなたは正真正銘、男性のようですわね」
メイの股間に、女性器はなかった。男性器のみ――つまり、ふたなりではなかったのだ。
「だから言ったでしょ……っていうか、まさか股間を見るために逆さ吊りにされる日が来るとは思わなかったよ。人生って何が起こるかわからないね」
リンネは無言でメイの股間を凝視していた。依然として、メイは逆さ吊りのままである。
「あのさ……終わったんならそろそろ下ろしてくれない? そもそもいつまで男湯に――」
「まだですわァ!」
「何が!?」
「わたくしは知っておりますのよ?」
「だから何が?」
「殿方は大きくなるんですわよね? 実物を見るのは初めてですが、わたくしとて淑女の端くれ……! 幼少のみぎりよりヒューマン(旧人類)のエロ動画やエロ漫画を何千と鑑賞してきたのですわ!」
「発言の淑女要素どこ? つーか貴重な遺産で何やってんの?」
ヒューマン泣いてるんじゃない? とメイは言ったが、リンネは一向に頓着しない。
「見たところ平常時の大きさは一般的な男性と変わりないようですが……大きくしたときの膨張率も成人男性並みかはわかりませんわ! 確かめませんと!」
「なんで確認の必要があんの!?」
「そ、それをわたくしの口から言わせるおつもりですの……?」
「なんでそこで恥じらうの? 恥ずかしい思いをしてるのは俺のほうなんだけど?」
リンネは顔をそらし、唇を尖らせた。
「メイさん……わたくしはこれから初体験を迎えようという乙女なのですよ? せめて、もう少し言い方があるのではなくて……?」
「なんで俺が責められてるの? つーかこれ最後までやる流れだったの? ここ屋外の男湯なんだけど? 初めてがそれでいいのか?」
「わたくしも贅沢は言いませんし……」
「そこは贅沢言おうよ! っていうか俺がこのシチュエーション嫌なんだけど!」
「メイさんが悪いのですわ……! なんか強引に押したら行けそうな気がして……!」
「思考がヤリチンのそれ」
いやこの場合はヤリマンか? とメイは言い直した。
「だ、誰がヤリマンですか! 汚れなき純潔の乙女に向かってなんということを!」
「汚れなき純潔の乙女はこんなことしない」
「くっ……! なんですかさっきから! まさかわたくしが相手では不満だと?」
「男湯に踏み込んでくる時点でわりと――」
「これでも美少女と評判でしたのよ? 胸もお尻も太ももも大きくて、ものすんごくエロい体してると――!」
「それは見ればわかるけどさぁ……」
メイは苦渋の決断をするように、しかめっ面でうなった。
「いやでも……確かにリンネ以外に俺の相手をしたがる女がいるかっていうと――」
リンネがメイの股間を見つめながら、鼻息を荒くした。
「メイさんも……結構、エロい体してますわよね? スレンダー美少女みたいな体なのに、実は男性。股間にしっかり凶悪なものがついていて、これはこれでそそりますわァ……。と、とりあえず味とか確認してもよろしくて?」
「発言も行動も完全に変質者のそれなんだよなー。っていうか最初に『舐める』が来るのか……」
「煮え切らねー態度ですわね! ここは男らしく決断すべきですわ! わたくしを恋人にしてエッチなことするか、しないか! はっきりしてもらいたいですわ!」
メイは迷いを示すようにうなった。表情には苦悶が、懊悩が見える。長い長い沈黙の末、メイはとうとう決断した。
「……わかったよ」
メイは逆さ吊りにされたまま、覚悟を決めた表情でうなずく。
「俺だって女の子と――それも、こんなとびっきりの爆乳美少女とお付き合いできるなら、こんなにうれしいことは――」
ん? とメイは眉をひそめた。どたどたと脱衣所――正確には廊下のほうが騒がしい。リンネも、何かあったのだろうかとガラス戸へ目を向けた。
そのとき、セバスや従業員の男と一緒に大勢の警官がなだれ込んできた。
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