第7話 リンネは悪だくみをする
「とりあえず、宿代は引いてもらっていい? 一泊する予定だから」
受付まで戻ったメイはそう言ってから、リンネとセバスに目を向けた。
「それとこの二人とは別会計で。連れってわけではないから」
「おや、そうなのですか? 解体場まで同行されていましたし、てっきり三人で活動されているのかと」
男は意外そうな顔だ。メイは苦笑いを浮かべる。
「違うよ。あと、部屋は一番安いやつでいいから」
「先ほどの非礼も兼ねてサービスしますが」
「さっき雨雲さまの情報を教えてもらったから別にいいんだけど――っていうか、大丈夫なの? なんか客の姿が全然見えないんだけど」
男は快活に笑った。
「今はオフシーズンですからね。ここは団体客の利用が主でして」
「そういえば修行場として利用されてるんだっけか。じゃあどの部屋も空いてるんだ?」
「今なら最高級のお部屋をご用意できますよ。値段は五〇〇〇クレカしか違いませんが」
「なら頼んじゃおうかな」
「一泊二食つきで、一万五〇〇〇クレカです。昼食はどうされますか?」
「ここらにレストランってないでしょ? 作ってもらうなら?」
「プラス一五〇〇ですね」
「じゃ、それで。ちなみにここ、銀行業務はやってないんだ?」
「あくまでも旅館ですので。口座へ振込、というわけにはいかないんですよ。現金手渡しですね」
彼は紙幣と小銭をしっかりと数えて、受け皿に置いた。メイが受け取って、収納魔法でしまう。男はそれを確認したあと、
「それで、そちらのお二方はいかがされますか?」
と、リンネとセバスに問いかけた。
「わたくしは一番安い部屋で――」
「私はせっかくなので、一番高い部屋でお願いします」
「ちょっと! なんで主を差し置いてスイートに泊まろうとしてんですの!?」
「経費で落ちるから贅沢してもよい、と言われてますから」
「それでホントに泊まるやつあります!? その金どっから出てると思ってんですの!?」
「皆様から集めたお金はこのように使われております」
「少しは遠慮なさい!」
二人はぎゃあぎゃあとやり取りをした。最終的にセバスも一番安い部屋に泊まることになった。セバスは収納魔法でしまっていたお金を先払いする。
「はい、確認しました。では宿帳にお名前を。それから鍵をお渡しします」
三人が記帳すると、受付の男はそれぞれ三人に鍵を渡し、部屋に案内した。
ごく普通の和室で、中央に座卓と座椅子が据えられている。開け放たれたふすまの先に小卓とイスがあって、窓からは渓谷の様子が見晴らせた。かすかに川音がしている。
リンネはせっかくなので、メイの部屋も見せてもらった。五〇〇〇クレカしか違わないだけあって、そこまで劇的な変化はない。
ただ、リンネが案内された部屋に比べて広く、イスの代わりにソファがあったり、小さな浴槽があって個室で入浴ができたりと少しだけ豪華になっていた。
「大浴場があるなら、せっかくだしそっちに行きたいけどね」
とメイは言った。
「今の時間なら実質、貸し切りですよ。なにせご覧のとおりですからね」
男は苦笑いで空きだらけの客室を示した。オフシーズンというのは嘘ではないのだろう。
「じゃあ、さっそく行かせてもらうよ」
「ご案内しましょう」
男はふたたび歩き出した。リンネたちもついて行く。廊下を進んでいくと、やがて男湯・女湯ののれんが見えてきた。温泉の匂いもする。
「それじゃ俺は一汗流すとするよ」
メイは男湯に入っていった。男は「ごゆっくりどうぞ」と一礼し、それからリンネとセバスにも頭を下げて、受付のほうへ戻っていった。
「さて、我々はどうしますか、お嬢さま? せっかくですし、温泉に?」
セバスがそう問いかけると、リンネは黙ったままメイの入った男湯ののれんを見つめていた。
「お嬢さま……」
絶対こいつ、ろくでもないこと思いついたな……と言わんばかりの咎めるような表情でセバスは言った。かけらも主を信用していないらしい。
「まだ何も言ってないでしょうが!」
「あなたがそういう顔するのはヤバいことする前兆なんですよ、お嬢さま。付き合いの長い私にはわかります。どうか考え直してください。周りの迷惑を考えて――」
「今この温泉は貸切状態なんですから、ほかのお客様に迷惑はかけませんわ!」
「ま、まさか……! お嬢さま……!」
セバスは声をしぼり出すように言った。リンネの行動に思い当たったようである。
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