第21話 魔法を使わなかったミニチュア・ドラゴン
両者の戦いは、程なくして終わった。
リンネの目も慣れてきたのか、だんだんと二人の動きを捉えられるようになってきた。メイは基本的に動かない。四方八方から斬り掛かってくる白騎士を相手に、その場にとどまったまま応戦している。
一方、白騎士はこれでもかと動き回っていた。正面から行くと見せかけて背後にまわり、後ろから奇襲をかけると見せかけて側面に斬撃を浴びせる。上空から振り下ろした剣をメイに捌かせ、盾で殴打をぶちかます。
変幻自在の攻防――だが、リンネの頭もさすがに冷えてきて、違和感に気づく。
〔なんで魔法使わねーんですの?〕
最初は突然の奇襲だったから、気づくヒマも考える時間もなかった。だが、落ち着いて戦況を見れば一発でわかる違和感。
メイはすさまじい魔力を持っている。
むしろこれまでに見せたメイの戦い方は、すべて魔法が中心だ。素手による殴打で魔物を仕留めたところなど見たことがない。攻撃は全部魔法によるものだった。
ところが、今のメイはいっさい魔法を使っていない。
攻撃魔法はもちろん、自己強化魔法さえ使用していないのだ。相手の白騎士はこれでもかと強化魔法でブーストして襲いかかってきているというのに……。
〔というか、素であのフィジカルなんですの?〕
肉体強度に優れたニューマンのエンシェント級、しかもフィジカルだけでなく装備品まで強化しまくった状態だ。なのに、当たり前のように対応している――魔法なしで。
そもそも戦闘になると思っていなかったから、メイは普段着である。
戦闘用の装備など――とここまで考えて、〔そういえば武器とか防具とか、使ってるところ見たことありませんでしたわね……〕と思い至る。
まぁ本体強すぎていらない、と言われたらそれまでだが――だとしてもなぜ魔法を使わないのか? という疑問は解消されない。
やがて、戦いの趨勢は明らかにメイにかたむいた。
一見互角のように見えていたが、メイの度重なる殴打で、白騎士の甲冑が一部破損した。そればかりか、何度も攻撃を受け止めた盾の半分が砕け、さらに剣にまでヒビが入る。
メイ本人は無傷だ。少しばかり衣服が破れ、汚れた程度で、これという手傷も負っていない。
白騎士はいったん後ろに跳躍して距離を置くと、パッと落とすように握っていた剣と盾を離して、両手を上げた。
「いや、まいった!」
「あっさり降参したね」
呆れ半分、といった口調でメイは苦笑いを浮かべる。白騎士は豪放に笑った。
「殺しが目的でなく、あくまでも実力を見るためのパフォーマンスですからな」
白騎士は長く細く息をついた、まさしくひと仕事終えたあとのように。
「さすがに魔法すら使わず遊ばれてしまってはどうしようもありませんな」
「遊んでたつもりはないけど――まぁ魔法なしでどこまで通じるか、確認するためだね。不快に思ったんなら謝るよ、ごめんね」
「はっはっは! なぁに、結局のところ本気を引き出せなかった挑戦者側の不手際。謝罪は不要ですよ、東方覇竜どの」
破損した盾と剣を拾いながら、白騎士は屈託なく笑った。
「それにしてもすさまじい……。まさか魔法抜きでこの武装が破壊されるとは」
「高いやつだよね、それ」
じっとメイは白騎士の剣と盾を見つめる。
「冥府のダンジョンの向こう側に行かないと手に入らない素材」
「ほう? わかりますか――」
言いかけてから、白騎士はふと気づいた様子で肩を揺すって笑うように息をついた。
「そういえば東方覇竜どのは探索者出身でしたな、それも冥府のダンジョンの」
彼は肩をすくめると、
「いかにも! ご承知のとおり、これは冥府のダンジョン最深部にて手に入る魔物の素材です。長年ずっと愛用してましてな。まさか壊されるとは」
白騎士は物珍しげにヒビの入った剣をながめた。
「自分でとってきた素材ではないんだね」
「む? 恥ずかしながら冥府のダンジョンには足を踏み入れたことがなく……これも当時、稀少な素材で作られた武具ということで陛下――左様、もう五〇〇年近く昔になりますか、当代コーラル王国国王から賜ったものなのです」
まぁ壊されてしまいましたが、と白騎士は茶目っ気たっぷりに笑う。
「古いものですし、仕方ありませんな」
「別に直せばいいでしょ?」
メイは近づいて、剣の刃にふれた。絶大な魔力が放たれる。ゾッとするほどの莫大な力だ。剣は光を帯び、一瞬周囲が閃光に包まれたかと思うと、収束するように静まった。光は刃に吸収されたかに見える。
すると、欠けていた刃がきれいに直っていた。
目を瞠る白騎士をよそに、メイは盾と甲冑にも同じことをして、あっさりと修復してのけた。
「これは……しれっととんでもないことをしてますな」
白騎士は感嘆した様子で息をついた。
「じゃあ次は――」
「次は、じゃねーんですわ!」
黙って見ていたリンネがついに声を上げた。戦いが収束した直後、大急ぎでメイに駆け寄ったのである。メイが気まずそうに目をそらす。
「いや……だって黙ってるから。ここは俺と白騎士の会話を優先していい場面なのかなーって……」
やっぱ無事でよかったとか抱きしめたほうがよかった? とメイは言いわけのように言う。
「そっちじゃねーですわよ!」
「え? 違うの? てっきり恋人そっちのけで敵と楽しくおしゃべりしてんじゃねーですわよ! まず婚約者の心配をしなさい! 的な話かと……」
「さすがにこの状況でそんなこと言いませんわよ!? わたくしのイメージどうなってんですの!? そうじゃなくてェ! まずなんで襲いかかってきてんですの? とか、城ぶっ壊してるけどいいですの? とか他に色々と言いたいことありますでしょうが!?」
「いや城のほうは直せばいいかなって」
「そりゃ直せるでしょうけど、建て直すにも色々と先立つものが――」
などと言っているそばからメイが地面に手を置いた。正確には、瓦礫の山と化した王城跡地に、である。先程と同じように強烈な光が発せられるが――
「え、いや、ちょっ――!」
魔力量は先程の比ではなかった。ついさっきの神業でさえ、怖気を振るうような厖大なエネルギーであったのに、今度はそれを遥かに上回る超々高密度の莫大な魔力が放たれている。
一緒に近くに来ていたカノンなど、あまりにも強烈な魔力に当てられて気を失い、セバスに体を支えられて、なんとか倒れずに済んだ始末だ。
猛烈な閃光が辺りを包む。
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