第22話 壊れたら直せばいいや、という価値観

 やがて光が収束したとき、リンネは驚愕に目を見開いた。


 直っていた……いや、直るどころか明らかに以前よりも美しくなっている。壁も、柱も、床も、天井も、窓や照明器具、家具などでさえ――破壊されたはずのコーラル王国王城が、見事に蘇っていた。


「なんですの、これ……?」


「ちゃんと直したよ」


「直したっていうか、なんか新しくなってません!?」


「そりゃこれ新品に修復する魔法だしね」


 メイは近場の柱をこんこんと叩いてみせる。一行は城の入口部分のエントランスにいた。


「ちゃんと建てられた当時の状態に戻ってると思うよ。どう?」


 メイは白騎士を振り向いた――当の相手はあんぐりと口を開けている。当然だろう。誰だってこんなもん見せられた日にはこんな顔にもなる。


「なにしれっととんでもねーことやってんですの!?」


「ええ!? きれいに直したのに文句言われるの!?」


 メイはびっくりした顔である。


「いえ直したのは――!」


 素晴らしいことなのでは? とリンネは思い直した。


「とても……素敵な魔法ですわね」


 釈然としないものを感じつつ、リンネは称賛した。


「ふふん、そうでしょ?」


 メイは満足そうに、ちょっと自慢げに笑みを浮かべる。


「かわいいですわ……!」


 リンネは心のなかでつぶやいた――つもりだった。


「お嬢さま、普通に音声漏れてますよ?」


 妻の介抱をしながらセバスが冷たく言う。リンネはハッとして、んん! と咳払いをする。そうして、あらためて白騎士に向き直った。


「白騎士どの、これはいささか無作法ではありませんかしら?」


 リンネの言葉に、呆けた顔で城の内装を見回していた白騎士は姿勢を正した。


「わたくしどもは交渉に来たのですわ。なのに突然の襲撃……いくら東方覇竜の力を確認したいとはいえ、王城の、それも謁見の間でやることではないと思いましてよ?」


「申しわけない、王女殿下。ただ――」


「そこから先はわたくしが直接説明いたしましょう」


 エントランスに女王が入ってきた。


 危険です! お下がりください! という騎士たちの静止の声が聞こえるが、女王はいささかも怯んだ様子がない。彼女はメイにきっちり向き直ると、


「まずは突然襲いかかる形になってしまい申しわけありませんでした、東方覇竜どの」


 そう言って頭を下げた。


「それは別にいいよ。さっきも言ったと思うけど、エンシェント・ニューマンとの力比べ自体はこっちからお願いしたいくらいだったから」


「そう言っていただけると恐縮です……。ですが、当初の予定では闘技場のほうをお借りし、後日あらためて準備をととのえた上で……という予定でしたので」


「それがどうしてこの場でバトルする流れになったんですの?」


 リンネが思わず口をはさんだ。


「メイさんの謎魔法で直りましたけれど、王城がボロボロになってますわよ?」


「……一応、ここが戦場になることも想定して準備はしておりました。なにせ『暴虐竜』の二つ名を持つ方ですから」


 若干、言いづらそうに女王は告げた。


「城に関しましても、もともと古くなっていて移設の話が出ていましたので……」


「あれ? もしかして余計なことだった?」


 もう一回壊す? とメイが言った。


「なんでですの!? 新築同然に直したんだからそれでいいじゃねーですの!?」


「いやだって……解体する予定だったんならさ」


「解体と破壊はまったく別のことですけど!?」


「あ、そう?」


「そう? じゃねーんですわ!」


「ご心配なく、お二方とも」


 女王が苦笑いを浮かべた。


「あくまでも城の崩壊は最悪のシナリオです。戦いにならなければ、修繕して博物館なりホテルなり、別の用途に転用するつもりでしたから」


「じゃ、ぶっ壊さなくてもいいんだ」


「メイさん、壊すことから離れてくださらねーですかね……」


 完全にやべー人ですわ……とリンネは顔をしかめる。それから彼女はため息混じりに、


「つまり、白騎士の暴走ってことでいいんですの?」


「暴走とはひどいですな」


 白騎士は微苦笑する。


「あくまでも私は最善手を打ったまで。どうやら東方覇竜どのはまどろっこしい駆け引きがお嫌いなご様子。あのまま続けていれば、面倒になって覇竜どののほうから仕掛けてきたでしょう」


 ちょうど私という対戦相手もいたことですし、と白騎士はぱちりと片目を閉じて見せる。


「まぁ確かに、正直これいつまで続くのかなー、めんどくさいなー、とは思ってたけど」


「思ってたんですの!? あれそんな長々しいやり取りでもなかったですわよね!?」


「いやだってさ、俺の実力が見たいって話にたどり着くまでこう――前置きが長いっていうか、なんか俺の回答を自分の都合のいいように誘導したがってる感あったじゃん? 素直にお前の力見せろ話はそれからだ、で終わったら俺も普通に言うこと聞くのにさ」


 白騎士が豪快に笑う。


「ある種、責任逃れのようなやり取りなんぞに付き合ってられんと……。いやはや、まさしく伝承に聞く覇竜戦争以前のドラゴンの姿ですな」


 白騎士は喉を鳴らし、


「幼き日に聞いた大昔のおとぎ話を思い出しますよ。単なる伝説と当時は思っておりましたが……なるほど、覇竜戦争以前のドラゴンはこうでありましたか」


「ま、なんでもいいけどさ。要するに俺に何してほしかったの?」


 女王は神妙な顔でメイを見据えた。


「力は示していただけましたので、あとはあなたの命令で我が国の騎士団をヒスイ王国に派兵できるようにしていただきたいのです。やはり不安ですので、万が一に備えて戦力をととのえておきたいと……」


「俺の命令ってのは?」


「封印を解除して、大惨事が起きたあとならばともかく、何も起きていない段階で大軍を他国に派兵するのはなかなか難しいのです」


 観念したらしく、彼女は率直に語った。


「まず真っ先に侵略行為を疑われますし、これから戦争が起きるんじゃないかという疑惑を呼び起こします。ましてコーラル王国以外の軍隊まで集まれば、民の不安も募るでしょうから……。ですが、東方覇竜どのが力づくで命じた、となれば体裁はととのいますし、民も『それなら仕方ない』と納得するでしょう」


 なにせあなたは暴虐竜なのですから、と彼女は言った。

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