第23話 鉄道の旅
メイは列車の座席に着いて、窓の外をながめていた。隣にはリンネが座って、半ばメイに寄りかかるようにしてくっついている。向かい側にはセバスとカノン夫妻がいた。
たまたま空いていたのか、それとも普段からあまり利用されていないのか、メイたち以外に乗客は見当たらなかった――もっとも、ほかの車両には乗っているようだが。
「どうですの、初めての鉄道旅行は?」
「走ったほうが速いね」
「風情ゼロの回答!」
「いや実際これ乗る意味ある? 馬に強化魔法かけたほうがはるかに速いし……っていうか肉体強度に優れたニューマンなら、それこそレッサー級でもこれよりずっと速く走れるでしょ?」
メイは呆れ顔である。
「んもぅ、わかってねーですわねー」
リンネはぷにぷにとメイの頬を指先でつついた。
「のんびりゆっくり車内で過ごすのが醍醐味なんですのよ」
「それにしたって……」
メイは窓の外の景色に目を向ける。
日の光に照らされて、遠く山々を彩る緑の葉が川面のように輝いていた。すぐ近くの田園風景はみるみる遠ざかっていき、代わりに川の景色が視界を染める。かと思うと橋を渡って列車は草原をひた走る。
「アクアマリン共和国の首都に着くまで十二時間って……」
「そこは仕方ありませんわ。なにせコーラル王国の王都から三三〇〇キロも離れてるんですから。時間はどうしたってかかりますわよ」
「だったらなおのこと、馬車か自力で走るかしたほうがいいと思うけど……」
できれば飛びたいんだけどね……とメイはこぼすようにぼやいた。
「飛ばすのは無し! 無しですわ! 確かに一瞬で着きますけど!」
「わかってるって。やらないって約束だからね」
すねたように唇を尖らせるリンネを前にして、メイは苦笑いを浮かべる。
「わかってるならよろしいですわ! ほら、どうせ早く着きすぎてもダメなんですから、のんびり列車の旅を満喫するとしましょう!」
「満喫ったって」
メイはふたたび窓越しの景色をながめた。ちょうど遠く彼方に町並みが見え、少しずつ近づいていく。
「停車は基本的に短時間だから観光ってわけにもいかないし、要するに列車に乗って景色をながめてるくらいじゃないか。あとは食堂車で料理くらい?」
「そ、それはそうですけど……」
リンネは一瞬だけ目をそらし、それから話題を変えようと軽く両手を打ち鳴らした。
「そ、そういえばよろしかったんですの? コーラル王国の言い分を全部あっさり承諾してしまってましたけど」
「ああ、それは別に問題ないよ。こっちが無茶言ってる自覚はあるし、たいがいの要求は俺が折れるよ」
ただ、とメイはため息を吐いた。
「またまどろっこしい感じになるのはうんざりするね」
「そこはコーラル王国のほうで話を通しておくと言ってましたから、きっと大丈夫だと思いますわよ?」
「だといいけどねぇ……」
メイはあまり信用していない様子だ。
「わたくしはむしろモルガナイト帝国のほうが憂鬱ですけれど」
「なんかあるの?」
お嬢さまに執着する男がいるのですよ、と向かいのセバスが口をはさんだ。
「見た目はかわいらしい巨乳美少女ですからね。向こうの第一皇子がお嬢さまに懸想して、何かと声をかけてきて困っているのです」
「へぇ、やっぱり見た目いいとモテるんだねー」
「中身変態でも黙っていればわかりませんしね」
「なんで恋人と従者にめっちゃけなされてるんですの?」
その時、ちょうど列車が停止した。
「ここの駅は確か十分そこらしか停まらないんだっけ?」
「駅によっては三十分ほど停車している場合もあるそうですが、ここは十分だけですね」
カノンから時刻表を受け取ったセバスが答えた。
「ちょっとメイさん! 露骨に話をそらさないでくれますかしら!?」
拗ねたリンネがメイを抱き上げて、自分の膝の上に載せる。そしてお仕置きとばかりにちょっとだけ力を入れて抱きしめた。
「悪かったって。でもリンネが変態なのは事実だし……っていうか、よく本性バレなかったね?」
「わたくしをアホみたいに言わないでくださいます!? ちゃんと時と場合と相手くらい選びますわよ!」
「そうだね。そのくらいの分別はつくもんね。お詫びになんかするよ。俺のできる範囲でリクエスト――」
「え!? わたくしの服ここでひん剥いてくれるんですの!?」
「時と場合を選ぶとはなんだったのか……」
「で、ですけれど、今確かになんでもすると――」
「幻聴だよ。埋め合わせになにかすると言っただけで、なんでもするとは言ってない。というか服ひん剥くって何? 俺に何させる気なの?」
メイは心底呆れた様子である。
「いえ、せっかくのシチュエーションですし、メイさんのほうから襲いかかる感じでお願いしたいと……」
「従者二人が見てる列車内で?」
「そうですわね……。こう、わたくしに恥辱を浴びせる感じで『そ、そんな部下の見ている前でこんな……! で、でも気持ちよくて逆らえませんわ……!』みたいなノリでやりてーんですけれど」
「プレイ内容の打ち合わせをしたいんじゃないんだよね……」
メイの返答は冷静で、冷淡で、冷気を感じせる氷のようなものだった。
「つーかね、せめて宿に着くまで待ってほしい」
「つまり――!」
「そして人前ではやらない。絶対にだ」
くっ……! とリンネは思わずうめいた。
「わかりましたわ、メイさん。わたくしとて人並みの理性はあります。恋人が嫌がることを無理強いなどいたしません」
そう言ってから、彼女は決意を込めて宣言するのだった。
「マジック・ミラーで我慢します!」
「情欲に理性殺されてんの?」
その時、にわかに列車内が騒がしくなった。メイたちの乗る車両の扉を開けて、何人かの人間が入ってくる。お待ち下さい! という制止の声が聞こえるが、件の人物は意に介さなかったようだ。
乱暴な足音が近づいてくる。
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