第24話 モルガナイト帝国第一皇子、腕をねじ切られる

「こんなところにいたのか!」


 うわっ……と思わずリンネはうめき声を上げてしまった。


「どちらさま?」


 メイが不思議そうに訊く。


「ついさっき話題になった人物ですわ」


 リンネはため息混じりに答えて、入ってきた男たちに目を向けた。先頭にいるのは、背の高い色男である。たぶん、普通の女性ならきゃあきゃあ黄色い声を上げているのだろう。


 だが、あいにくとリンネはこの男に微塵も好感を抱いていなかった。


「探したぞ、リンネ。お前がどこぞの簒奪者の生贄に差し出されたと聞いて、さすがの俺も慌てふためいた」


「何をどう勘違いしてそんなことになったんですの?」


 とにかく独り合点で話を進めるのだ、この男は。


「だが心配するな。お前は俺が救ってやる」


「いえ、不安しかねーんですけど。そもそも救いとか求めてませんわよ?」


 だいたい何から救うんですの? とリンネはため息を吐いた。


「いいから帰ってくださいな。わたくしは正直、あなたとはお会いしたくなかったんですのよ。いったいどうしたらわたくしの話をまともに聞いてくれますの?」


「お前の話ならいつだって聞いてやるさ。さぁ俺と一緒に――」


「いちいちわたくしに触れようとする癖、なんとかならねーんですの!?」


 リンネは身をひねってかわそうとするが、その必要はなかった。第一皇子の伸ばした手は、リンネに触れる直前――肘から先がきれいにねじ切られて、なくなっていた。


「え?」


 と呆けた声を上げたのは、リンネと第一皇子だけではない。


 メイ以外の全員だ。セバスもカノンも、第一皇子が引き連れてきた側近たちも、例外なく呆然と消えてなくなった腕を見ている。


 いや、正確にはなくなったわけではない。


 メイが持っていた。彼は退屈そうに、切断された腕を片手でジャグリングしていた。ぐるぐると腕が空中で回転する。血が飛び散りそうに思えるが、傷口からは何もこぼれ出てこない。


 そういえば、第一皇子の腕からも出血はない。なんらかの処置をしたのだろうか。


 リンネがぼんやりそんなことを考えていると――呆けていた第一皇子が、ゆっくりと喉の奥からしぼり出すように絶叫を上げる。咆哮のような長く鋭い悲鳴が続いた。


「お、俺のぉ……! 俺の腕がぁ! ああ――!」


 表情は恐怖で彩られ、顔色は気の毒なくらい青ざめていた。歯がガチガチと打ち鳴らされている。体が激しく震えていた。まるで極寒の中にいるかのようだ。


「えぇ……何そのリアクション」


 メイは第一皇子の反応にドン引きしていた。


「なんでやった張本人が一番ドン引きしてんですの!?」


「いやだってあまりにもオーバーアクションというか……過剰演技すぎない? 腕とられただけだよ?」


「だけってなんですの!? 普通に重傷ですし大事ですけどぉ!?」


「えぇ……。四肢をもがれるなんて、別に珍しいことじゃないでしょ? 俺も弱っちい頃はよくふっ飛ばされたり食いちぎられたりしてたよ? むしろ強くなってからのほうが胴体真っ二つにされたり、上半身消し飛ばされたり――」


「それ死んでるでしょうが!?」


「そりゃそのままだったら死ぬよ」


 ほがらかにメイは笑った。


「だからこそ回復魔法を真っ先に修得するんじゃん。この腕だって」


 とメイは持っていた第一皇子の腕を振って見せる。


「治療すれば普通に元通りなんだからさ。そんな大げさに騒がなくたって」


「騒ぎますわよ、普通は!」


「なんかリンネに普通とか言われると違和感すごいね。さっきまでマジック・ミラーがどうとかアレな発言しまくってたのに」


「なんでそういうとこだけ常識的なんですの!?」


「いやリンネに常識を説かれても……えーと」


 メイは倒れそうになっている第一王子に目を向けた。足に力が入らないらしく、浅く荒々しい呼吸を繰り返していた。


「とりあえずこれ返したほうがいい?」


 メイはそう言って、雑に第一皇子の腕を投げ返す。側近の男が慌てた様子で受け止めるが、反射的なもので、深く考えた上での行動ではなかったらしい。


 受け取ったものが第一皇子の腕だと気づき――側近の男はぎょっとした顔で、思わず主君の腕を落としそうになる。


「まぁでも人の女に手を出そうとした報いとしては、むしろ軽いものじゃない? リンネだって嫌がってたわけだし」


「その言いようだと、わたくしが嫌がってなかったら助けに入ってなかったって感じに聞こえますけれど」


「その場合は仲良く腕引きちぎってたよね、普通に」


「どういうことぉ!? なんでわたくしも巻き添え喰らうんですの!?」


「いやまぁさすがに『嫌がってなかったら』は言い過ぎだけどさ」


 メイは屈託なく笑った。


「ほら、でも仮にリンネが浮気してたら、テキトーに報復として手足ねじ切って顔面つぶすくらいはしとくだろうし。浮気相手と一緒に仲良く」


「天使のような笑顔でヤベーこと言ってますわ! 実はヤンデレかなんかですの!?」


「ヤンデレなら報復せずに監禁とかするんじゃない? 俺は浮気されたら、とりあえず相手痛めつけて、それ以降は関わんないよ」


「痛めつける対象に自分の恋人も含まれてんですのそれ!?」


「浮気してる時点で恋人じゃなくない?」


 メイはいぶかしげに首をかしげる。


「まぁでも浮気されたほうも? 恋人を繋ぎ止められなかったってことで悪い扱いされるらしい? から、俺は治療できる範囲で雑に痛めつけて、すっきりしたらそれでおしまいにしておくよ」


「メイさん……もし浮気が疑われる場面になっても、問答無用で腕ねじ切るとかやらねーでくださいね。そんな予定ねーんで」


 リンネは真剣な顔で言った。今後、この第一皇子のようなバカが出てこないとも限らない。巻き添えで痛めつけられてはたまらないのだ。


「さすがにそこまで短慮じゃないよ」


 メイはおかしそうに肩を揺すって笑った。

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