第2話 真のロリコンの目はごまかせない
例の少女――セバスの主張によれば成人男性――は、朝早くにホテルを出発した。
リンネとセバスは、例の人物がいつ出立するかわからないため、日が昇る前からロビーで待っていた。
セバスは、「そんな面倒なことをせずとも、フロントで部屋を聞いて直接会えばいいじゃないですか」と主張したが、リンネは頑として譲らなかった。
「だいたい名前も知らないのにどうやって部屋の番号を聞くんですの?」
「特徴を言えばわかると思いますがね。ボーイッシュな恰好で十歳くらいの見た目、身長は一四〇センチちょうど、とびきりの美少女といえばホテル側も『ああ、あの子か』と得心が行くでしょう」
「でも、あなたの見立てだと美少女じゃないんでしょう?」
「美青年、あるいは美男ですな。ただ、私のような真のロリコンでなくば、彼の正体を見破ることは困難でしょう。それほどに女性的な容姿です」
そんなふうにひそひそ話しながら待っていると、例の人物が出てきた。フロントにルームキーを返却し支払いを済ませると、小さな体が朝の光の中へ去っていく。
リンネとセバスもフロントへ急ぎ、さっさとチェックアウトを済ませた。
小さな人影は、東にある山をながめていた。ホテルの沿道をゆるやかに歩いている。
山向こうの渓谷に秘境の温泉があると評判だが、山中は魔物の巣窟として有名な場所だ。道路もまともに整備されておらず、どうしても入りたい者は腕利きの護衛を雇って山道を進むという。
見たところ、例の人物は丸腰だった。そもそも手ぶらだ。荷物自体がない。
いくらなんでも武器なしで温泉宿に向かうのは無謀……それとも実は魔術師だったのだろうか?
ニューマンは魔力強度が低く、一般的に魔術は苦手だ。もちろん例外もあるが、だとしたらあの武術経験者のような立ち居振る舞いはいったい……?
リンネは内心で小首をかしげる。
と、例の人物が速度を上げた。早足に変化し、早々に駆け足になり、さらに加速していく。あっという間に後ろ姿が小さくなり、山の麓にある森へと消えていった。
慌ててリンネとセバスも駆け出し、猛然と追跡する。
「ちょっと速すぎません!? なんですのあの子!? グレーター……いえ、アーク・ニューマン!? わたくしと同じ!?」
「グレーター級でも出せなくはないでしょう。魔術による強化を使った上で、さらに自分自身を風魔法で飛ばせば、あるいは……。いずれにせよ、この実力ならば単騎突撃する自信もうなずけます。魔物をまったく恐れていない」
「器用ですわね!」
二人は必死に追跡するが、相手のほうがはるかに速い。それほどに差があった。だが、前方を駆けていた小さな人影の前に、魔物が現れた。巨大な熊である。
雄牛のような二本角を生やし、鋭い牙を持つ口を大開きにして咆哮を上げる。空気を震わす迫力が、遠く離れたリンネたちのところまで伝わってきた。
しかし、件の人物はまったく怯む気配を見せない。
速度を落とさずそのまま突撃し、ぶつかる直前に跳躍した。飛び越したのかと思ったら、熊が突然動きを止める。写真で写し取られたように静止し、小さな人影が着地するのと同時に崩れ落ちた。
リンネたちがやって来たときには、魔物は死んでいた。
いや、正確にはすでに解体が始まっていて、例の人物は魔法を使って器用に部位ごとに分け、魔石を取り出していた。さらに肉や骨、内蔵などを分けて血抜きまでしている。
手際よく、見る間に片づけていく。解体に相当慣れていることがうかがえた。リンネたちがやって来ても、件の人物は特に気にしたふうもなく作業を続ける。
そして、すべての解体が完了し、魔石や肉などの収穫物を魔法で虚空に収納したところで、ようやくリンネたちに声をかけた。
「それで、俺に何か用?」
声音は完全に少女のそれだった。それも見た目にふさわしい、とてもかわいらしい声である。少年っぽさのかけらもなかった。
〔いやこれ絶対女の子でしょう……〕
リンネはそう思った。とうてい成人男性だとは信じられない。
「聞いてる?」
件の人物は眉をひそめた。リンネたちが黙っているので、だいぶ怪しまれている様子だ。
「あ、失礼……!」
リンネは慌てて答えた。
「別段用事があったわけではないのですが、その、色々と気になりまして――」
「昨日、明らかに俺を見てたでしょ? 階段を登って部屋に帰るとき」
「あ、気づいてたんですのね……」
「ですからジロジロ見るのは失礼だと」
セバスが困った顔でため息をつき、首を横に振った。
「いえ! 別にそこまで見ていなかったでしょう!? そうですわよね!?」
「俺に同意を求められても困るんだけどね」
目の前の人物は困惑した顔だ。
「そもそもジロジロ見ていた理由は?」
「ほら御覧なさいお嬢さま。やっぱりジロジロ見ていたじゃないですか」
「表現はどうでもいいだろ……」
相手は呆れた様子で吐息を漏らす。
「理由は簡潔に。回りくどいのは好かないんだ」
「いえ、その――くだらないことに聞こえるでしょうけれど、あまりにあなたが美少女だったので」
リンネはごまかすように笑った。
「なのに、ここにいるセバスがあなたを男……それも成人男性だなんて言うものですから、わたくし気になってついついここまで追いかけるなんて不躾な真似を――」
「俺は男だよ。年も二十歳、子供じゃない」
リンネは固まった。口を開けたまま凍りついたように動かない。だが、相手はまったく気にしたふうもなく、感心した様子でこう言った。
「それにしても初見でよく見抜けたなー。たいていは女の子、それも十歳そこらだって勘違いされるのに」
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