覇竜のハーレム 最弱種のミニチュア・ドラゴン、最強の暴虐竜となる
笠原久
第一部 旅するミニチュア・ドラゴン
第1話 男か女かわからない
その少女を初めて見かけたのは、ホテルのロビーでのことだった。
セミショートの髪はきれいにセットされておらず、無造作に伸ばしたような感じだった。にもかかわらず、
肌も同じだ。シミ一つない肌は遠目に見てもわかるくらいに瑞々しい。きめ細やかで、なめらかで、触れたらもちもちとした感触が伝わってくるだろうと予感させた。
あどけなさの残る顔立ちをしていて、年齢は十歳か十一歳くらいだろうか。
いや、それにしては妙に体の動きがしっかりしている。子供らしさがない。小柄で童顔だからずいぶん幼く見えるが、実際はもっと年上なのかもしれない。
ボーイッシュな装いで、男物のシャツにベスト、さらにスラックスを履いている。
なんでわざわざ男物を? という疑問が頭に浮かぶ。
もっと女の子らしい服装のほうが似合っていそうだが、これはこれで悪くない。幼気な美少女が、あえて男の子のような恰好をする。
ギャップがあって、グッとくるのだ。
「お嬢さま。あまりジロジロとながめるのは失礼ですよ」
かたわらのセバスチャンがたしなめるように言った。
執事服を着た大柄な成人男性だ。服の上からでも筋肉がふくれ上がっているのがわかる。まだ二十代だが目つきは鋭く、貫禄があるので三十代と言っても通じそうな大男だった。
「あら? そんなにジロジロ見ていたかしら?」
リンネは悪びれもなく言い放った――そう口にしつつも、彼女の目は少女から離れない。
今、件の美しい少女は階段の向かって歩いていた。ちょうど
やはり、彼女の歩みは見た目に反してどっしりとしている。華奢な外見からは信じられないほどの重厚感があった。肉体強度に優れるニューマン(新人類)らしく、武術を嗜んでいるのだろう。
それも相当な使い手だ。
「お嬢さま……」
セバスチャンは咎めるように言葉を吐き出した。リンネが吐息を漏らす。彼女はイスの背もたれに寄りかかって、物憂げに己の従者を見上げる。
リンネは決して小柄ではない。背丈は一七〇センチを超えている。だが、なにせセバスチャンは二メートルの大男だ。一緒にいると、どうしても小さく見えてしまう。まして自分が座っていて相手が立っていると、よりいっそう身長差が強調された。
「なんですの、いいじゃありませんの。推定、武を極めた美しき少女! んー、実にミステリアスじゃありませんの。わたくし、気になってしょうがねーんですのよ。セバス、あなたもそうではなくて?」
だってあなた……と言いかけるリンネに、セバスは階段を登っていく少女を一瞥して言った。
「確かに美しいですが……私に男色趣味はありませんよ」
一瞬、水を打ったようにロビーが静まり返った――ように感じたのはリンネの主観だ。
実際はがやがやと喧騒に包まれている。リンネとセバスの会話に注目しているものなど誰もいない。
だが、彼女はセバスの発言をうまく飲み込めずにいた。
「だん――待ちなさい。今、あなた、なんて言いまして?」
「男色趣味はない、と言ったのですよ。まさかお嬢さま……『彼』が」
とセバスは階段の上に消えた少女(セバスによれば少年)に目を向けながら、口元に苦笑いを浮かべた。
「見目麗しい少女にでも見えたのですか?」
リンネは無愛想な顔で眉をひそめていたが、やがて動揺を隠すように長い髪をかき上げた。ついでに意味もなく立ち上がって胸を張って見せる。はち切れんばかりの大きな乳房が揺れた。
「どう見ても女の子だったでしょう? わたくしの目には――」
はぁー……とセバスは大仰なため息をつく。
「お嬢さま、真のロリコンではないとパーティを追放されても文句は言えませんぞ?」
「秒で抜けてぇんですけどそのパーティ。所属するメリットありまして?」
「はぐれものが集い協力することは尊いのですよ。お嬢様だって、ロリコンではなくとも変態ではあるわけですから」
「真の変態ではないとパーティを追放されるはずなので、わたくしは正常ですわ」
「エロ本読みまくってる十代女子は十分変態だと思うのですがね……」
セバスは渋い顔で顎を撫でた。
「それで、どうするつもりなのですか、お嬢さま?」
「どう、とは?」
じろりとリンネはセバスを睨めつけた。
「あれほど熱い視線を送っておいて、『なんとも思っていません』なんて古典的なツンデレ反応を返すわけじゃないでしょう? 気になるなら声をかけるべきです。なんのために男漁りの旅をしているのですか?」
「男漁りって……婚約者探し! もう少し言いようがあるでしょうに……」
と言いつつ、リンネも強くは責めない。実際、やっていることは男探しだ。自分にふさわしい結婚相手を探すべく、彼女は大陸中を旅している。
〔でも、ピンとくる相手がいないんですのよねぇ……〕
先ほどの少年――本当に男だったとして、だが――は、確かにリンネの目に留まった。気にならないのか? と問われれば、間違いなく気になっている。
「でもね、セバス。いくらわたくしでも幼い少年相手に――」
「少年ではありませんよ。若い男です」
セバスの言葉に、リンネはまたしても面食らった。
「成人男性ですよ、彼は。私の五つ六つ下……まぁ二十歳すぎか、二十一くらいじゃないですかね」
「年上なんですの!? 二十一ならわたくしより三つも上ですけど!?」
「ちらっとしか見ていませんから、正確な年齢まではわかりませんよ。しかし成人していることだけは確かです」
「それ、本当……ですの?」
リンネは疑わしげな目でセバスを見る。彼は皮肉げに笑った。
「真のロリコンであるこの私の審美眼が信じられないと? 彼が男であることすら見抜けなかった未熟者が?」
「なんで偉そーなんですの!? 誇れることじゃないんですけどぉ!?」
リンネは憤慨し、不機嫌な顔をプイッと横に向けた。
「どっちにせよ確かめるまでわかりませんわ! 年齢も性別も!」
「おや? ではやはりあの男性で決まりですか? まぁどれだけ爆乳で美少女だろうと『変態は嫌だ』とフラれる可能性も高いわけですが」
「だから変態じゃないと言っているでしょうが!」
わたくしは普通! 普通! と彼女はセバスを指さして主張するのだった。
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『聖なる乙女の××』
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