第27話 アーク級は上澄み

 メイはふたたび列車に乗っていた。隣にはリンネが、向かい側にはセバス・カノン夫妻が座っている。


「意外とあっさり済んだね」


 背もたれに寄りかかりながら、メイが言った。


「コーラル王国みたいに一波瀾あるかと思ったけど」


「闘技場でモンスターと戦いまくったのは波瀾に入らねーんですの?」


「だって強いって言われてるの、だいたい俺が捕まえた奴だったし……」


 冥府のダンジョンで見かけるのが大半だったね、とメイは言った。


「まぁそれはいいですけれど……帝国のほうはどうするんですの?」


 リンネは窓の外に目を向けた。すでに国境の間近まで来ている。共和国名物の一年中ずっと咲き乱れる菜の花が、もうすぐ帝国名物のラベンダーに切り替わるのだ。


「リンネのところはやってないよね、花」


 メイは不思議そうに訊いた。彼も窓から見える花々に目を向けている。


 ちょうど川をはさんで、菜の花とラベンダーが対峙していた。共和国側で咲き誇っている菜の花は、帝国側にはいっさいない。一方で、ラベンダーが咲き乱れる帝国の領土では、菜の花がいっさい咲いていなかった。


「あれは技術力の誇示が目的ですもの」


「一年中咲かせてるだけでしょ? 大して難しくないような……」


「ニューマンは魔法が苦手なんですのよ。だからこそ魔法を使って、ああいうことができるんだと――まぁ自慢になるんですわ」


 フェアリーたちが暮らすハート大陸は、別名「花の大陸」と呼ばれている。一年中、様々な花が咲き乱れているからだ。


 魔法を得意とするフェアリーたちからすれば、ニューマンがたった一種の花を品種改良してみせた手腕など、児戯に等しいだろう。


 むろん、それはデーモンやドラゴンにとっても同様のはずだ。


 いみじくも今、メイが「さして難しくない」と評したように――だが、それでも魔法が不得手なニューマンにとっては結構な難行だったのだ。


「ふぅん、そういうものなんだ」


 川を渡って、国境の町へ――と思ったところで、列車が急停止した。駅までもうすぐだというのに、いったいどうしたのだろうか?


 リンネが不審に思っていると、列車のドアが空いて車掌が駆け込んできた。


「その――! 東方覇竜閣下!」


「どうかしましたの?」


 リンネが代わりに手を上げて答える。メイはどうでもよさそうに景色をながめていたからだ。だが、車掌が口を開く前にメイが言った。


「帝国軍が待ち構えていたから止まったの?」


 ぎくりとして車掌が硬直した。リンネも目を丸くしてメイを見る。


「ご、ご存じだったのですか……?」


「なんか進行方向にいっぱい集まってるなー、とは思ってたよ。いいから駅まで行きなよ」


「しかし……! 恐れながら閣下! 敵はあの第一皇子に追従するような――」


「町の中に帝国兵はいないようだし、外で陣形組んでるだけ。町に被害が及ぶようなことはないから気にしなくていいよ」


「大丈夫なんですの?」


 さすがに不安に思ってリンネが訊くと、メイは笑った。


「ざっと見た感じ、レッサー主体で隊長格のごく一部にグレーター、アーク級は第一皇子の隣にいる奴だけだね……エルダーもいないし。これってさ、もしかしてなんだけど――」


 瞬間、リンネはゾッとした。車掌も顔を青ざめさせて固まる。向かいのカノンがびくりと恐怖した顔でセバスにひっついた。そのセバスも、表情をこわばらせている。


「舐められてるのかな? 俺は……」


 メイの表情は、変わらない。面倒そうな、興味なさそうな顔つきだ。口調にも変化はない。だが――ほんのわずかに含まれた怒気が、一瞬で列車内の空気を緊迫させていた。


「ただの、アホなだけですわ」


 声が震えるのを抑えながら、リンネが平静を装って言った。


「それに隊長格にグレーターがいて、しかもアーク級の指揮官がいるなんて、結構な戦力ですのよ? 数の暴力で押し切れると考えているのでしょう」


「あれ? リンネやセバスはアーク級だよね?」


 メイの雰囲気がやわらいだ。あからさまにホッとした空気が流れる。


「わたくしもセバスも上澄みですわ。世界的に見れば、未だにアーク級やエルダー級を排出しているドラゴンとデーモンが例外ですのよ?」


「そこまで進化するほど切羽詰まってないってことなのかな。平和な証拠ではあるんだろうけど……」


 メイの言い方は含みがありそうだった。


「ま、いいや。とりあえず適当に殲滅してくるよ」


 で? とメイは車掌に目を向ける。


「進める気がないなら、俺はこのまま飛んでいくけど?」


「はっ、その……」


 車掌は困惑した様子だ。リンネが助け舟を出した。


「進めなさいな」


「いえ、ですが……よろしいのですか?」


「さすがに町に直接攻撃するほどバカじゃないでしょう。メイさんが問題ないと言うなら……問題ねーんですわ」


 かしこまりました、と車掌は一礼して出ていった。そうして、列車がふたたび、ゆっくりと動き出した。予定通りに駅で停車すると、メイたちは降車し、町の外へと向かう。


 遠く離れた平野に、森を背景にして軍隊が整列していた。きれいに隊列を組んでいる。


「どうやら後ろの森にひそんでいたようですわね……」


 もっとも、メイにとっては無意味だったようだが。


「今さらですけれど、見えないのに見えてたんですのね?」


「魔力で感知できるしね」


 メイは気だるげに敵軍を見据えた。

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