第28話 ロリエナジーによるセバスとカノン夫妻の実況中継
「ふん! 逃げなかったことだけは褒めてやる!」
風に乗って、第一皇子の声が聞こえてきた。魔法で、はるか彼方にいるメイたちのところまで声を届かせているのだ。
「だが、貴様に教えてやろう! 我が精鋭の帝国軍は――」
そこまで言って、第一皇子は小さく悲鳴を上げる。見れば、遠く彼方で頭を抑えてうずくまる第一皇子の姿が見えた。メイが鼻を鳴らす。
「どうでもいいからさ、もう始めていいの? 長口上を聞く気はないんだけど」
それとも皇子から気絶させる? とメイは彼方の第一皇子を見た。
「どうせ指揮官は隣の男で、別にいなくてもいいんでしょ?」
ひっ……! という第一皇子の声が聞こえた。実に情けない悲鳴だった。
「こ、殺せ! 早く殺せ!」
錯乱したように第一皇子は叫んでいた。
「殺すとは言ってないんだけどね、こっちは」
メイは呆れたように吐息を漏らす。同時に、帝国軍――いや、皇子派の軍勢が動き出した。セオリー通り、彼らはまず遠距離から矢を仕掛けてくる。
ニューマンは基本、魔法を使わない。魔力強度が低いのもあるが、なにより魔法そのものの構築が下手くそなのだ。迅速かつ正確に魔力を制御できない。
時間がかかりすぎるのだ。おまけに慌てるとすぐ失敗するうえ、威力がいまいち物足りない――だが、それはニューマンが魔法に頼らないことを意味しない。
ニューマンは武具に魔法を仕掛ける。
低くても魔力そのものはあるのだ。あらかじめ魔法陣を武器や防具に刻み、魔力をそそぎ込んで発動させる。むろん、それだけではより高い魔力を持つデーモンやフェアリーの劣化だ。
だから、ニューマンは脳筋戦法をとる。
フェアリーはもちろん、デーモンですら決して引けないような強弓を使い、それを魔法陣でさらに強化する。
二人がかり、三人がかりでも引けないほどに弓力を上げ、ずっしりと重い矢をつがえる。
矢そのものにも魔法陣はある。より太く、より重くするのだ。
旧人類の時代から何も変わっていない。投石、弓、銃――いずれの武器であろうと、より大きく重い物体を、できるだけ速く飛ばせば威力は上がる。
魔法が不得手なニューマンの遠距離攻撃は、超重量の矢を超音速で連射することなのだ。そして、言うまでもなく飛来するのは矢だけではない。
鎧兜に身を包んだ歩兵たちもまた、飛ぶような速度で駆ける。馬は使わない。馬よりニューマンの足のほうがはるかに速いから。
まず、音の何倍もの速さで矢が降りそそぐ――間断なく、大雨のように。そして矢を追うようにして歩兵たちが大挙して押し寄せてくる。
この間、メイは微動だにしなかった。その場にとどまって、軽く魔法を放つ。強靭な風が圧縮され、盾となって吹き荒れる。矢はメイに当たる前に吹き散らされた。
「あ、そうだ」
のんびりとした口調でメイが言う。戦場に似つかわしくない響きだ。
「リンネにこれ渡しておくよ」
メイは虚空から眼鏡を出現させてリンネに手渡した。
「なんですのこれ?」
「ほら、闘技場で俺の動きがよく見えない、ってクレーム入っちゃったでしょ? で、暇だったから列車内で試作してみた」
リンネがかけてみると、飛来する矢の動きが妙にくっきりとゆるやかに見えた。
「自分が立ち止まっている状態じゃないとうまく機能しないけど、一応前より見えるようになってるんじゃない?」
「嫌がってたわりにそんなこと気にしてたんですの?」
「いやだってあれはショーでしょ? 見世物にされるのは不愉快だけど、出演する以上は盛り上がりとか考えないとダメかなって」
「律儀ですわねぇ」
「あと試作品だから一個しかないんだよね。セバスとカノンの分はなし。それと時間もそんなに長く持たなくて……」
「片手間で作っていいレベルの品じゃねーですわよ、これ」
と呆れつつ――彼女は、本当は別のことについて問いただしたかった。
敵兵はとっくの昔に目前まで来ている。当然だろう。離れているとはいえ、二キロもないのだから。レッサー級のニューマンであっても、全力で駆けたら十秒も経たずに到着してしまう。
メイはリンネに眼鏡を渡す一方で、土魔法で巨大な槍を作りそれを軽々と投擲していた。
ニューマンが扱う矢よりもはるかに重く、はるかに大きい槍だ。それを楽々と投げている。ニューマンの矢よりもはるかに速く。
しかも直撃しても死なないように細工してあるらしく、敵兵はぶっ飛ばされるだけで一応生きているようだ。
〔どんな神業ですの、これ……〕
そういえば魔物を生け捕りにして――という話をしていたが、経験の賜物だろうか? いずれにせよ、向かってくる敵兵は片っ端から薙ぎ払われていた。
「代わり映えしないし、もう終わらせようか」
メガネを渡して仕事は済んだ、と言わんばかりにメイは跳躍した。
目にも止まらぬ速さだった。メガネの効果ないのでは? と一瞬思ったが、メイが速すぎるだけでこれでも捉えられているほうなのだろう。
メイはひとっ飛びで敵本陣に突入する。
飛来する矢はすべて叩き落され、突っ込んできた敵兵はまとめて薙ぎ払われていた――きわめて雑に、風魔法でいっぺんに。
空中を吹き飛んでいく帝国軍を背景に、メイは皇子の隣に立った。
さすがに二キロも離れていると声は聞こえない。だが皇子が間抜けヅラで、え? と言ったのはわかった。彼はぽかんと口を開けたまま、呆然と蹂躙された自軍をながめていた。
そして自分の隣に立つメイを見て、絶叫して腰を抜かす――恐怖の叫び声は風に乗って、リンネたちのところまで届くほどだった。
無様に逃げ出そうとしている。だが恐怖で体がまともに動かないらしい。水中で藻掻くように手足をバタつかせていた。溺れる寸前のようだ。
メイが何か言った――が、さすがに声は……
「『戦わないと、主君がやられるけど?』って言ってます」
突然カノンが口を開いた。彼女はセバスと両手をつなぎ、真剣な顔でメイのほうを見ている。セバスも同様だ。彼も口を開く。
「『お、お逃げください! 殿下!』と敵司令官は言ってますね」
「『へぇ立ち向かうんだ。いい部下を持ったね。でも……俺の前に立つ意味は理解してるの?』って言ってます」
「『私は――私は、殿下の部下ですので……たとえ敗れるとしても……!』と言ってますね。いや私に似て忠誠心の高い男ですな」
「どの口が言ってんですの?」
「『じゃあ遠慮なく』って言って――あ、司令官さんやられちゃいました!」
「第一皇子は悲鳴を上げて、『誰か! 誰でもいい! 早く! 早くコイツをぉ!』と絶叫してますな」
「いや待って待って待って」
リンネは二人の口を止めた。
「なに? なんですの? なんでいきなりアテレコ始めたんですの?」
当てっずぽう? いえそれにしては……とリンネは眉をひそめる。
「聞こえているんですよ、そう! ロリエナジーによる強化で!」
ふふん、とセバスが誇らしげに笑う。
「色々と研究していて気づいたのですよ。カノンが私をロリエナジーで強化し、そして強化された私がロリエナジーを循環させ、カノンを強化する! これにより肉体や魔力強度といった基礎能力はもちろん、集中すれば視力や聴力をさらに高めることも――」
「意味不明な謎エネルギーで謎パワーアップしねーでくださる!? というかロリエナジーの循環とかなに変な研究してんですの!?」
「せっかくの力なのですから、色々と試さないと損でしょう?」
何を当たり前のことを、とセバスは吐息を漏らした。
「特にカノンは非力ですからね。ロリエナジーによる超強化が可能とわかったのは朗報ですよ?」
「それは確かにそうですけれど……!」
「それにこれはメイさんも賛成してくれたことですからね。未知のエネルギーだから、きちんと性質や扱い方を調べて習熟したほうがいい、と」
「なんで主のわたくしが知らねーんですの!?」
「そしてそんな漫才やってるあいだに決着がついたようです」
「漫才じゃねーんですわコレ!」
リンネは絶叫した。
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