第29話 モルガナイト帝国第一皇子の(社会的な)死

 リンネたちがメイのところにたどり着くのと同時に、モルガナイト帝国皇帝が兵を率いてやって来た。皇帝は大柄で、筋肉質な体つきをしている。精悍な男だった。


 騒動の張本人である皇子は、文字どおり泡を吹いて気絶していた。両手足が不自然な方向に曲がっている。メイが叩き折ったのだろう。


 皇帝は見た目に似合わず、メイに対して優雅に一礼してみせた。


「ごきげんよう、覇竜閣下。会えて光栄だ……が、その前に所用を済ませても?」


「ご自由に」


 にっこりと笑って皇帝は会釈した。そうして――気絶する皇子を見下ろす。


「起きよ」


 と冷たい声がかかるが、もちろん皇子は気を失ったままだ。目を覚ます気配はない。皇帝はちらりと部下に目配せした。


 冷淡な表情をした側近が、容赦なく水をぶっかけ足蹴にした。自国の皇子に対する行為とは思えない蛮行だ。


 んが!? と声を上げて、皇子が目を覚ました。体を動かそうとして痛みにうめき、涙を流す。その顔面を、部下の男は蹴り上げた。


「皇帝陛下の御前だ。騒ぐな」


「お、お前……! 俺を誰だと……!」


「叛逆者だ」


 と皇帝が言った。


「どうやら私は貴様を実の息子だからと甘やかしすぎていたらしい。まさか覇竜――それも『永遠竜』と同じ『真なる覇竜』に喧嘩を売るとはな……」


 呆れて物が言えん、と皇帝は嫌悪感もあらわに言い放った。


「ち、父上……!」


「お前に父と呼ばれる筋合いはない。帝国に危機をもたらすとは……本気で本物の覇竜をどうにかできると思っていたのか? 旧人類が生み出した最高傑作、最初から我らの支配者として生み出されたエンシェント級のドラゴンを相手に……」


「こ、こいつはミニチュアで――!」


「だから?」


 皇帝は見下げ果てた様子で己の息子をながめた。


「エルダー・ドラゴン複数を無傷でしりぞけ、コーラル王国ではエンシェント・ニューマンを魔法なしの体術のみで圧倒した。誰が見てもわかる。エンシェント・ドラゴンと同格の化け物だ」


 皇帝の顔には明確なイラ立ちが表れていた。


「百歩譲ってどこにも属さぬ風来坊を討つならまだわかる。ドラゴン退治は勇者の誉れだ。しかし相手はれっきとした覇竜……東方諸島のドラゴンたちに、モルガナイト帝国を潰せ、と命じられたらどうするつもりだった?」


 皇子は父親の怒気に気圧された様子で、涙目で震えていた。浅く速い呼吸を繰り返している。極度の緊張と恐怖のためだろう。


「見た目がかわいらしい少女だから、中身も外見相応に甘いとでも思ったか? どれだけ愛らしい容姿をしていようと中身は竜だぞ? それも『暴虐竜』と称されるほどのな……! それを貴様は……!」


 お、お待ちください! と声がかかった。皇子配下の司令官だ。


「私が! 私が殿下をそそのかしたのです! どうか! どうかお慈悲を!」


「部下に進言されたから罪がないとでも? 採否を決めるのは王の仕事だ。部下の発言どおりに動く人形に皇帝は務まらん。しでかしたことの責任も取らねばならん」


 そもそも貴様、と皇帝は鋭い目を向けた。


「なぜ覇竜に手を出そうなどと考えた?」


「そ、それは……で、殿下の帝位継承が確実でなく……竜退治を、それも覇竜ほどの竜を討つ実績があれば――」


「なるほど」


 皇帝は息をついた。


「暗愚な皇子には暗愚な部下が寄ってくる、というわけか。実に救いようのない話だ」


 連れて行け、と皇帝は命じた。たちまち皇子は配下の司令官ともども拘束された。


「ち、父上! は、話を……! というか俺をどうするつもり――」


「首を刎ねる以外にどうしろというのだ?」


 皇帝は淡々と言った。


「お前のせいで危うく帝国全土が戦火に巻き込まれ、下手をすれば国が滅ぶところだった。いや、ひょっとするとクラブ大陸全土が灰燼に帰すような大戦が起きていたかもしれん。そうなればモルガナイト帝国は、大戦争の引き金を引いた史上最低最悪の国として語り継がれるわけだ」


 皇帝はメイに向き直り、頭を下げた。


「覇竜どの、此度は我が国の愚か者が大変なご迷惑をおかけした。首謀者の首は即座に刎ねますゆえ、どうかこれでご容赦いただきたい……!」


「うーん、別に首とかいらないんだけどね」


 メイの発言はのんきなものだった。


「俺としちゃ軍勢とやり合えて楽しかったし、もともと誰も殺すつもりはなかったから死人が出るのは後味悪いかなー。そもそも殺したいなら自分でやってるし」


 わざわざ生かしたのにやっぱり殺します、されるのもなー、とメイはぼやくように言った。


「寛大なお言葉、痛み入る。しかしこれだけの騒動を引き起こしておいて、無罪放免というわけにも行きますまい……! さてどうしたものか」


「俺に聞かれてもね。どうしようか?」


 二人して考え込んでしまった。


「あの」


 とリンネが小さく手を上げる。二人に同時に目を向けられ、一瞬ひるむが、


「でしたら恩赦って形にすればいいんじゃないですかしら?」


 ほう? と皇帝は目を瞠った。


「とりあえず死刑なのは確定。メイさんが雨雲さまを倒せれば、それは歴史的偉業でしょうから、それで恩赦を出して減刑……で、どうですの?」


「さすがにこのバカをふたたび世に出すことはできぬゆえ――終身刑にして一生幽閉、という形にするのが無難……であろうか」


 皇帝はメイに向き直った。


「いかがであろうか? 覇竜どの」


「んー、いいんじゃない? まぁそれだと俺が負けたらこいつ死ぬけど」


 メイは苦笑いで皇子を見た。


「ち、父上……! そんな! 俺は第一皇子で、将来は皇帝として――!」


 皇帝は皇子の顔面を蹴り飛ばした。


「お前が皇帝になることは永遠にない。たとえ罪がすべて許され放免されたとしても、お前に帝位は渡せぬし、貴族家の当主にさせることもできん」


 危険すぎる、と皇帝は言い放った。


「聞くに堪えん。もうさっさと連れて行け」


 結局、皇子は治療すらされないまま引っ立てられていった。泣きながら許しを請い、情けない声で父親を呼んでいたが、皇帝がそれに応えることはなかった。


「で、本題だけど――」


「むろん許可しましょうとも。これだけの迷惑をかけたのであるから。ただし、うちからも――というより三大国すべて軍を派遣させてもらいたい」


「それは別にいいよ。というかリンネのお兄さんと話し合って勝手に決めて」


 メイはひらひらと手を振った。

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