第26話 自分で捕まえた魔物を自分で倒すメイの戦い
メイは闘技場で、巨大なサソリと戦っていた。メイの何倍も大きく、ハサミだけで小さな体など真っ二つにできてしまいそうだ。
赤、紫、黒が入り混じった、まだら模様で毒々しい。実際、獲物を一瞬で麻痺させ死に至らせる猛毒を持っているらしい。冥府のダンジョン深層にしか生息していない魔物だという。
だが、メイは苦もなく巨大サソリを仕留めてみせた。
まずは強烈な風の刃で、あっさりとハサミを両断する。続いて、大量の石くれを生み出し射出した。サソリの体に穴が空いて体液がこぼれ、魔物は動かなくなる。
「簡単に仕留めましたわね」
「そりゃ、あれ捕まえたの俺だしね」
闘技場の中央から跳躍し、ひとっ飛びで観客席のリンネのところまで戻ってくる。さっきからそれの繰り返しだった。メイが魔物を倒し、次の魔物が出てくるまで結構な時間がかかるのだ。
しかもメイが戦う前に、パフォーマンスとして腕利きの討伐者たちが魔物とやり合う。そこで激闘の末に倒されてしまうこともあれば、逆に討伐者が返り討ちにされることもある。
やられた場合は魔物を治療し、万全の状態でメイと戦わせる。
「実力を見せるためとはいえ、結構まどろっこしいね」
「お気に召しませんか?」
にっこりと笑ったのは、アクアマリン共和国の大統領だ。髭をはやした四十代の男で、快男児といった雰囲気をただよわせている。リンネと同じ貴賓席にいるのだった。
「まぁそう言わんでください。せっかくの祭りの主演です。主役が渋い顔をしちゃあ観客のボルテージも下がってしまう」
白い歯を見せて、大統領は快活に笑う。
「我が国は共和国なんでね。国民の理解は必須なんですよ。そして、説得において重要なのはわかりやすさ――つまり、こういうパフォーマンスがベストなんです。民衆は凄腕討伐者たちの夢の共演に歓声を上げ、あなたの実力に熱狂し、伝説の魔物を打ち破る英雄の誕生を見ようと――自分が歴史の目撃者になろうと必死になる」
「まだ勝てると決まったわけじゃないけどね」
「だが、勝つ自信はあるんでしょう?」
大統領の言い方は確信に満ちていた。
「勝算があるからこそ喧嘩を売った。モルガナイト帝国第一皇子の件にしてもそうだ。一国を相手取っても十分に戦えると思ったからこそ宣戦布告を受けた……ま、当のモルガナイト帝国は、第一皇子のくだらない妄言に付き合う気は毛頭ないようですがね」
大統領はにやりと笑ってみせる。リンネが吐息を漏らした。
「皇帝陛下は、第一皇子が勝手にやったことだ、と宣言したんですのね」
「公的には宣言してませんよ、リンネ殿下」
大統領は肩をすくめる。
「『まだ』ですがね」
「つまり内々に連絡が来たと」
「どういうこと?」
メイが首をかしげるので、リンネが説明した。
「モルガナイト帝国としては第一皇子に加担する気はなく、彼が勝手に私兵を使ってメイさんを襲った、という形にしたい。そういうことでしょう?」
大統領は満足げにうなずく。
「私にとりなしてほしいと電話が来ましてね。第一皇子については好きにしてよい、とのことです。いやはや、恐ろしい親子ですな」
「父親に嫌われてるの?」
「そういうわけではないでしょうが……さすがに天下の覇竜に喧嘩を――それも一方的で自分勝手な理由で売ったとあっては、かばい切れんのでしょう。なによりあの国はもともと後継者争いで荒れてましたから」
「第一皇子、第二皇子、第一皇女の三派閥で割れているとは聞きましたけれど」
「ええ、あの国は男子優先ですからね。第一皇子が傑物ならそれで丸く収まったんでしょうが……まぁ、ご存じのとおりで」
大統領は苦笑いを浮かべる。
「第二皇子は虚弱体質な上に優しい気質で、どうも皇帝向きかは疑問があるところ……そこで優秀な第一皇女を――という一派があるものの、当人が帝位は男児優先だと公言」
大統領はお手上げといったポーズでため息を吐く。
「最近はまだ幼い第三皇子や第二皇女を候補に上げておくべきでは? なんて話も出る始末ですよ」
「なんか話聞いてると、内輪もめで勝手に自滅しそうな勢いなんだけど」
メイが眉をひそめると、大統領は豪快に大笑いする。
「なぁに。現皇帝は私の二つ上ですが、幸いにもグレーター級です。寿命は二〇〇年もありますしね。実際のところ、そこまで深刻には受け止められていませんよ」
そう言ってから、大統領は真顔になった。
「ただ、人間なにがあるかわかりませんしね。後継者をきっちり決めないまま不慮の事故で……となると、少々困ります」
「それで第一皇子に消えてもらったほうが、ってこと?」
メイの言葉に、大統領は困ったように首を横に振る。
「いえいえ、別に父親とて息子に死んでほしいとまでは思っていませんよ。ただ、さすがに今回はやらかしがやらかしです。『暴虐竜』とまで言われる東方覇竜相手に、『どうか息子の命を奪わないでいただきたい』などと甘っちょろいことを言って機嫌を損ねては……と」
「別に俺としてはどうでもいいんだけどね。別に命が欲しくて戦うわけじゃないし」
「という東方覇竜どのの考えを、向こうは知りませんからな」
大統領は吐息を漏らす。
「我々、国を預かる立場の人間は、常に最悪を想定して動きます。うっかり私情をはさんで、国民の命と生活を危険にさらすことはできません。だから……『第一皇子に関しては東方覇竜どののお好きなように』『どう扱われても帝国は文句を言いません』と、そう宣言するほかないのですよ」
「ふぅん、やっぱり政治とか面倒そうだね」
メイは闘技場のほうへ目を向けながら言った。
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