第16話 セバスとカノンの結婚式
宮殿の庭園で、セバスとカノンの結婚が執り行われた。
人前式で、国王のほかに各国大使や上級貴族、彼らと繋がりの深い豪商や新聞社の記者なども呼ばれた。
もちろんリンネも出席したが、一番の注目株はやはり東宝覇竜の列席だろう。
王族の従者とはいえ、セバスもカノンも貴族というわけではなく、また裕福な家柄でもない。言ってしまえば実力を買われて要職に就いた一般人である。
通常なら他国の大使や貴族まで押しかけてくることなどない。
彼らがこぞってセバスとカノンの結婚式に出席したのは、むろん話題の東方覇竜が来るという噂に釣られてのことだった。
実際、リンネの膝の上にメイは座っていた。
当人としては誰かの膝ではなく普通に椅子の上に座りたそうにしていたが、リンネがわがままを言ったのだ。
ちなみにメイが着ているのは一般的なスーツである。
リンネは最初、ドレスを着てみないかと鼻息荒く迫ったのだが、メイが本気で嫌がった――というより若干の怒気を含ませてリンネに鋭い目を向けるので、怖くなってそれ以上は何も言えなくなったのである。
「でも……かわいらしい顔で怒ってるのに本能的に恐怖を感じさせるの、意外とゾクゾクしてたまらねーですわ……」
はぁ、とその時のことを思い出して吐息を漏らすと、メイはうんざりした顔でリンネを見上げた。
「本当に変態だなぁ……。どこに欲情ポイントがあるのかさっぱりわからないよ」
隣に座る国王が、少しばかり頬をひくつかせながらどうにか微笑を保ちつつ、
「いや、本当に申しわけない。うちの妹がとんだ粗相を……」
「結果的にドレスは着なくて済んだからそれでいいよ。それより俺のおイタはよかったの?」
メイが言っているのは、式が始まる前の一幕だ。
取材に来た記者が、案の定というか、メイに対してあれこれと質問を浴びせかけてきたのだ。それどころか、今日の主役をほったらかして各国大使や貴族たちまでメイに群がってくる始末。
これにイラついた様子のメイは、手のひらサイズの例のドラゴンを何体も浮遊させて飛び回らせ、その口から咆哮のようにとんでもない炎を空にむかって撃ち出したのだ。
青空が一瞬、燃える夕焼けのように赤々と染まり、あまりの迫力に人々はどよめいた。
「今日は二人の結婚式なんだよね」
淡々とした物言いで、声も表情もかわいらしい女の子そのものだったが、不思議と恐ろしい威圧感があった。息を呑むような、見ているものを戦慄させる雰囲気。
〔あまりにも強大すぎる魔力がそう思わせるんですかしらねぇ?〕
リンネは内心で首をひねったが、ともかくこの一言で人々は一斉にメイから距離を置いた。
庭園にはイスとテーブルがいくつも並べられている。彼らは各々自分の席について、新郎新婦が入場するのを静かに待った。
メイの脅しがよほど応えたらしい。
その後の式は滞りなく進んだ。むしろ誰一人としてメイに目を向けず、緊張した面持ちで――どうかつつがなく結婚式が終わるように、と祈っているかのようだった。
だから、開式宣言を経て誓いの言葉、指輪交換やら誓いのキスやら結婚証明書へのサインやらを済ませ、無事に閉式となったときには、明らかに安堵としか思えないようなため息がそこここで聞こえてきた。
もっとも、宴内人前式だったから、そのまま披露宴に突入である。
またしても会場内の緊迫感が伝わってくる。メイのほうを見ないようにしながらも、噂の「暴虐竜」に意識を向けているのがわかるのだ。明らかに息遣いが荒く、体の動きが硬いのだ。
そう暑い日でもないのに、何度も汗をぬぐう人の姿も見受けられる。
〔というかアレ、メイさんにいの一番に話しかけた人でしたわよね?〕
怖いもの知らずなのか、可憐な美少女にしか見えない外見に気がゆるんだのか、「本当に男性なんですか?」とか、「暴虐竜とあだ名されている件についてどう思われますか?」とか、色々と不躾な質問をしてきた男だ。
少しばかり青ざめた顔で大量の汗をかき、激しい運動でもしたあとのように息を切らしている。
「問題ないよ」
国王は小さく笑った。
「むしろ変な記者がまぎれ込んでいて謝罪したいくらいだ。東方覇竜に失礼のないようにと厳命しておいたんだがね」
「まぁ俺はそんなに気にしてないけど、せっかくの晴れ舞台が台無しじゃね」
メイはちょっとばかり申しわけなさそうに言った。
「大丈夫さ。ふたりとも、本当のところそこまで結婚式にはこだわっていないんだ。だからこそこうやって利用させてもらっているわけでね?」
「けどカノンのほうはドレスが着れてだいぶ嬉しそうだったけど?」
「そりゃウェディングドレスは女の子の憧れだ」
ただ、と国王は苦笑いを浮かべる。
「それと結婚式をしたいかどうかは別問題でね。いや、一般論でいえば、女性は結婚式を上げたがるものと言われるが……」
「そうじゃない人もいる?」
「どうも人前でキスやら宣言やらするのが恥ずかしいというタイプもいてね。特に彼女の場合」
と国王は今日の主役に目を向けた。
カノンは落ち着かない様子で時々周りの目を気にしている。セバスはそんな彼女に寄り添い、安心させるようにそっと抱き寄せていた。
「見た目が、まぁちょっとばかり幼いだろう?」
「ああ、自分が見世物にされてるようで不快なのか」
「そこまでは思っていないだろうけどね」
国王は苦笑いで肩をすくめる。
「ただ、自分の花嫁姿は人に見せるようなものじゃないと考えていて、だからまぁ……あまり乗り気じゃなかったわけだ」
「けどドレスは着たかったと」
「本人の希望としては、ひっそりとウェディングドレス姿の写真を――セバスとの結婚写真さえ撮れればそれでよし、だったわけさ」
「で、そこを強引に説得して、俺との仲のよさをアピールするのに利用?」
「平たく言えばね」
けど、と国王は優しげな笑みを浮かべた。
「僕は、彼女の花嫁姿がこの場に似つかわしくない、とは思わない。本人は『きっとおままごとにしか見えない』と言っていたがね……そんなことはない、と僕は思うよ」
「確かに、どっからどう見ても立派な新郎新婦にしか見えないけど」
メイはあらためてカノンとセバスの夫婦を見やった
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