第16話 強者が好き勝手できるからこそ
「これまでお前たちのごまかしにずっと付き合ってやったのだ。まさか否やとは言うまい? メイは大事な身内で、仲間であろう? 少しくらい身を削ってもバチは当たらんと思うが?」
「いやまぁ、そいつを言われますとぉ……」
ガイは目を泳がせる。この場に来ていたメイの仲間たちも、ごまかすように笑って中央覇竜から顔を背けていた。
「まぁよいのではございませんか、レーテさま」
ノノが初めて口を開く。
「強者がいかなる行動を取ろうと自由でございましょう? 弱者たる彼らに」
と、ノノは地面に転がっている親父たちを無関心な顔でながめた。
「東方覇竜の仕事を丸投げしてしまってもよいのではありませんか?」
「それではなにも変わらん。東方覇竜がよくても中央覇竜としては大変よろしくない。ことに惰弱な風潮がはびこる現代ではな」
「そういえば、東方覇竜は事実上の世襲になっていたんでしたね」
中央覇竜は自嘲するように笑った。
「そのとおりだ。誠に遺憾ながら、親から子へと引き継がれている――実に穏便に。むろん子が親を倒してはならぬ、あるいは親が子を倒してはならぬ法などない。むしろ素晴らしい。だが……」
中央覇竜は吐息を漏らした。
「現在の覇竜の継承は、力による簒奪ではない。ただ先代が退位し、新たな覇竜が即位するだけだ。戦いも儀礼的なもので――悪くいえば八百長だ」
「それは確かに大問題でございます」
「だからこそ本来のルールどおりに継承したメイは、幹部や要職を身内で固めるべきなのだ。なぜなら……強者が好き勝手できるからこそ強者に人が集まり、自身も強者になるべく切磋琢磨して知恵を絞る。ドラゴンとは本来、そういう生き物なのだから」
「おお、まさに弱肉強食! 素晴らしいお考えです。やはり強者たるもの、弱者を好きにできてこそ! ですからね!」
ノノが満面の笑みを浮かべる。その言葉を聞いて、シズクが愕然とした表情をする。
「え……? ま、待って……なにを、言ってるの? ノノちゃんは――」
「ん? ああ、すみません、姉さま。今のは姉さまご要望の『明るくて優しい』に反する発言でございました」
うっかり、とノノは舌を出して苦笑いを浮かべる。
「ですが、ここを否定してしまうと、どうして姉さまの要望どおりにしたのかという点が曖昧に――」
「なん……の話をしてるの? 私の要望って……?」
おや、とノノは意外そうな顔をした。
「姉さま、ひょっとして覚えておられませんか? いえ、確かに幼い頃のお話でしたし、忘れていても不思議ではありませんか」
くすくすとノノは笑う。
「ですが、これは姉さまにとっても都合がよかったのではないかと――」
「だから……なんの話を……」
「いえ、単純な話です。姉さまがわたしに、『明るくて優しい子なら、いつかきっとみんなに自慢の妹だって言えるときが来る』とおっしゃるので」
シズクは呆然とした顔で、ノノの発言を聞いていた。
「ご要望どおり、明るく優しい妹に成長するようがんばってみました」
「うむ! 実に健気、そしてあっぱれなドラゴンらしさだ」
中央覇竜が高笑いをし、満足げにノノの頭をぽんぽんと撫でる。
「竜たるもの、やはり強者の命令には唯々諾々と従わねばな」
「褒められるようなことではございません。わたしは当然のことをしたまでです」
そう言いつつ、ノノは誇らしそうに胸を張った。大きな乳房が揺れる。それからノノは、目を見開いて妹を見つめる姉を、首をかしげてながめた。
「どうかしましたか、姉さま? 顔色がよろしくないようですが――あ、やはり戦闘慣れしていませんから、こういう戦場は刺激が強すぎましたか? でしたらすぐにあちらで……」
「ノノ――ちゃんは、わたしが言ったから、明るくて優しい子になったの……?」
ノノは不思議そうにまたたきをする。なにも疑問に思っていない表情で、
「はい、そうですよ」
と答えた。シズクは震える声で問うた。
「わ――わたしのほうが、強かったから……?」
「今でも姉さまのほうが強者にございます。多少腕を上げたとはいえ、さすがにまだ姉さまの基礎力には追いつけませんから」
自慢の姉さまですよ! とノノはうれしそうに笑う。
「じゃあ、わたしより強くなったら……?」
「んん……?」
ノノはよくわかっていない顔で首をかしげるが、やがて合点した様子で手を打ち鳴らす。
「ああ、心配しなくても今さら生き方を変えませんよ。姉さまのことはとても尊敬しているんです。なにせゴミクズ同然のわたしに目をかけ、優しくしてくれたんですから。わたしは手本にすべき強者の姿を姉さまに見出したのでございます」
グッとノノは握りこぶしを作ってみせる。
「強者とはいかにあるべきか? わたしはひそかに姉さまを理想として邁進してきたのです。たとえ弱者であろうと食い物にせず、慈愛の心をもって接する……そう、姉さまみたいな優雅な強者になろうと――」
「じゃ、じゃあ、それなら――!」
わたしがもし……と、シズクは言いかけたが、続く言葉が発されることはなかった。
「いえ、なんでもない、わ……」
シズクは力なくうなだれた。ノノは気遣うように姉に近づいた。
「姉さま、少し疲れていらっしゃるようです。お休みしましょう。きっとぐっすり寝て、おいしいものをたくさん食べれば、嫌な気分も晴れます」
よろしいですか? とノノは中央覇竜にお伺いを立てる。
「かまわぬ。そもそもこの場はメイが新たな東方覇竜になったことを周知する場だ。そして、メイと親しい者たちが代行と幹部を独占する」
その瞬間、中央覇竜からすさまじい魔力が放たれた。見る間にレイジの――いや、レイジだけではない。メイにやられた一族と、親衛隊の皆が回復した。
手足も、眼球も、耳も、顎も、翼も、角も、しっぽも――なにもかもが元通りに再生している。
「話は聞いていたな? 元東方覇竜、そしてその配下ども」
中央覇竜は宣告した。
「我が力で、耳が聞こえずとも一連のやり取りはすべて届いていたはずだ」
「はっ……」
親父は膝をつき、頭を下げる。一族も親衛隊も、同じように振る舞う。
「不服ならメイを倒せ。ドラゴンらしく、な……」
以上だ、と言って中央覇竜は立ち去ろうとする。ガイが、
「ちょ――ちょっと待ってくださいよ! んな勝手に……!」
と訴えかけるが、中央覇竜は、
「代行はお前がやれ、ガイ。誰をどの職につけるかの人事もお前が中心になって割り振れ。嫌なら今からでもメイを連れ戻してこい」
「いや、さすがに今からあいつに追いつくのは無理が――」
「なら、お前がやるしかないな。年齢から言っても実力から言っても」
中央覇竜は振り返って不敵に笑い、
「わかっていると思うが、幹部や要職はすべてメイの一派で固めろ。どうでもいい下っ端に適当に配置……などということは許さん。お前たちがこの東方諸島を統べるのだからな」
そう告げて、今度こそ立ち去った。
こうして――レイジたちの一族は、東方覇竜の地位から転落した。取り巻きとなっていた親衛隊や閣僚といった幹部たちも、皆その地位を追われた。
今や、メイと親しい冥府のダンジョン出身の者たちと、長年ガイたちのごまかしに協力してきた者たちが出世し、幹部として東方諸島を仕切っていた――。
覇竜のハーレム 最弱種のミニチュア・ドラゴン、最強の暴虐竜となる 笠原久 @m4bkay
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