第15話 暴虐竜の誕生

 レイジは叫声を上げながら突撃した。


「ダメっすレイジさん!」


 取り巻きの女が止めにかかるが、知ったことではなかった。


「やめろぉぉぉぉ!」


 絶叫がほとばしり出る。だが、殴りかかったレイジの拳が届くことはない。メイのはるか手前で、レイジの手足は消し飛ばされていた。次の攻撃を喰らう前に、取り巻きの女がダルマになったレイジの体を抱きとめる。


「すみませんすみません! 許してください!」


 取り巻きの女は、手足を失い頭と胴体だけになったレイジをぬいぐるみのように抱きかかえ、膝をついて必死になってメイに頭を下げている。恐怖ゆえか、カチカチ歯を鳴らして震えながら、彼女は涙ながらに訴えていた。


 だがメイが返答する前に、一族と親衛隊が動き出す。


 メイはつまらなそうな顔で、同じように一族と親衛隊の手足を消し飛ばした。それだけではない。手足を消滅させると同時に両目をえぐって破壊し、耳を削ぎ落とし、顎を切り離して、なにもできなくさせた。


 角も翼もしっぽもすべて破壊され、一族も親衛隊も地面に転がった――バラバラに壊された人形のように。


 喉もつぶされているらしく、まともに声を出すことさえできない様子だった。口からは悲鳴ともつかない奇妙な音が漏れ出てくるだけ……。


〔なんだ、これは……?〕


 レイジは取り巻きの女に治療されながら、ぼんやりと考えた。


 なぜ、こんなことになっているのか。親父たちが来て、メイと戦いになり、あっさりとやられた……そこまではわかる。わかるが――なぜ、こんな惨劇が?


〔逆らったからか……?〕


 メイの機嫌を損ねたから? まず妹が――チエリがやられた。いきなり手足が消し飛び、即座に両の目玉が分離するように飛び出た。耳が、顎が突然、なんの前触れもなく斬り飛ばされ、角もしっぽも翼も破壊された。


 妹が地面に転がるのと同時に、一族と親衛隊が――いや、その前に自分が激昂して殴りかかったが、なにもできずにやられ……いや違う!


 レイジは混乱する頭で懸命に考えた。


 自分はやられていない――完全には。手足は吹き飛びダルマにされたが……一方で目も耳も、手足以外はすべて無事だ。なぜだ? 取り巻きの女がかばってくれたからか? メイの気まぐれか? 敵と見なされなかったからか?


 わからなかった――なにも、なにひとつ……。


「ガッハッハ! 派手にやったなぁ!」


 豪快な声がした。聞き覚えのある声だった。荒い息をつきながら、レイジは顔を向ける。


「ガイ」


 と、メイの声がした。


 瞬間、レイジは吐き気を覚えた。ガタガタと震える取り巻きの女の――いや違う! レイジは気づいた。震えているのは自分も同じだ。


 さっきから聞こえる歯を打ち鳴らす音も、自分が鳴らしているのだ。取り巻きの女だけではない。レイジと一緒に、ふたりで……。


 レイジは、自分がうまく呼吸できなくなっていることをようやく自覚した。傷のせいか? いや、そうではない。傷は……不思議となんの痛みもなく、一滴の血も流れていないからだ。


 だが、異様な寒気が全身を襲う。寒い。寒かった。とにかく悪寒が止まらないのだ。


 取り巻きの女が慰めるようにレイジを抱きしめる。だが、それは幼子が恐怖から逃れるために、ぬいぐるみを抱きしめるのと同じことだった。彼女は目を閉じて、早くこの災難が終わってくれるよう泣き声を抑えて震えていた。


 足音がした――なにげない、普通の足音だ。そのはずだ。だが、恐ろしいものがうごめいているように思え、レイジは目を向ける勇気が出なかった。


 複数の足音が近づいてくる。


「みんなも。わざわざ見送りに来てくれたの?」


「そりゃあせっかくの門出だしな。まぁ派手な祝砲を自分で上げたみてぇだが」


 ガイは笑い声を響かせる。メイのため息が聞こえる。


「勘弁してほしいかなー。思った以上に大騒ぎになっちゃったし、もう少し静かな旅立ちを予想してたんだけどね」


「その割にはノリノリでぶっ飛ばしてたじゃねぇか!」


 ガイは心底おかしそうに大笑いしている。


「まぁともかく! ほらよ!」


「おっ? 冥府のお菓子屋のシュークリームとケーキじゃん。餞別?」


「おうよ! ほかの大陸に行ったら食えねぇだろ? なんにすべきか、ちょいと迷ったんだが……無難にそれでいいんじゃねぇか? って話になってよ。好きだったろ?」


「たまに食べるとすごくおいしいんだよね」


 ありがとうみんな、とメイの声がした。


「いいってことよ! お前のおかげで普通なら流通しねぇ素材なんかも手に入ったしな。まぁメイがいなくなるから、これから入手できねぇんだけどな!」


 ガッハッハ! とガイは大笑する。


「それ笑い事? まぁいいや。とにかくこれ以上の面倒事が起きる前にさっさと行くよ。あ、地面に転がってる連中の治療ぶん投げちゃっていい?」


「心配しなくてもちゃんと治しといてやるさ! まぁ俺たちがやらなくても、どうせほかの連中が治療するだろうがな!」


「それもそっか。じゃ、みんな元気でねー」


「おう! 達者でなー!」


 がんばれよー、たまには帰ってこいよー、せっかくだしかわいい彼女でも探しちゃえよー、とそれぞれ別れの言葉が聞こえる。レイジはずっと顔をうつむけていたが、メイが飛び立ったのはわかった。


 おそるおそる目線を上げると、遠く彼方を飛行するメイの後ろ姿が見える。そして、あっという間に空の果てへと消えていった。


 レイジがようやくほっと息をついたところで、新たな声と足音がした。


「なかなか素晴らしい交代劇であったな」


 びくりとした。見上げれば、一八〇センチを超える長身の女が悠々と歩いてくる。豊満な胸を見せつけるように挑発的な衣装を身に着け、不敵な笑みを浮かべていた。


 中央覇竜である。名をレーテと言った。


 彼女は手勢を引き連れて、レイジたちの前へと姿を現した。が、それ自体は驚くべきことでもない。中央覇竜は気まぐれだ。なんの前触れもなく行動するのはいつものことと言っていい。


 ただ、見慣れない娘がいた。


〔誰だ……?〕


 小柄で子供のように見えるが、とても胸の大きな少女。どことなくメイに似た雰囲気を――


〔ああ、そうか……。こいつがノノか〕


 合点した。もうひとりのミニチュア、シズクの妹だ。


「こ、交代劇……?」


 呆然とした口調で言ったのは、シズクだ。彼女は恐怖で引きつった顔のまま、腰を抜かしてその場にへたり込んでいる。


「なにを言う。知らぬわけではあるまい?」


 中央覇竜は妖艶に笑ってみせた。


「覇竜を倒した者が次の覇竜だ。手勢まで率いたうえでの完敗……もはや誰が見ても明らかであろう? メイが新たな東方覇竜だ」


 その言葉は、静まり返っていたその場に波紋のように広がった。ざわめきが大きくなっていくが、歓声は上がらず、困惑と戸惑いを示す反応ばかりが返ってきた。


「おいおいレーテ様よ! 正気か?」


 ガイが苦笑いを浮かべる。


「その新たな東方覇竜は島から出て行っちまったぜ? ってか本人が嫌がるんじゃねぇか? 東方覇竜とか面倒くせーって感じでよ」


「本人の意志など関係ない。ルールはルール。当人がいないなら、近しい者に代行させればよい。お前たちがいるであろう?」


「いや、俺らはしがないグレーター級の――」


「エルダー・ドラゴンがなにを言う」


 心底おかしそうに中央覇竜は笑った。ガイは引きつった顔で目をそらす。

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