第14話 思ったよりもずっと弱かった
「ミニチュア・ドラゴンのメイだな?」
父が、東方覇竜が言った。
「そうだけど……俺になにか用?」
「息子が世話になったようだな」
「世話というか――」
「少々……! 調子に乗りすぎではないか……?」
父は明らかに怒っていた。激怒していたといっていい。声の震え、表情が、もはや冷静さを欠いていると、はた目にもわかるほどだ。
「やるの?」
メイは小首をかしげ、微笑んだ。挑発的にさえ思える笑み――その場にいた全員が、言われずともメイに飛びかかっていた。
いや、飛びかかろうとしたのだ。
だが、ふっ飛ばされたのは親衛隊のほうだった。全員、なにをされたのかわからなかった。気がつくと、地面の上に転がされていた。
一瞬、呆けたものの――それで戦意を喪失するような者はこの場にいない。むしろ油断ならぬ相手と気を引きしめたことで、活力がみなぎる。
全員、即座に竜化を使った。
ドラゴンにその身を変じて、それぞれ――訓練どおりに動く。前衛がメイに打ちかかって時間を稼ぎ、後衛がブレスを放つまでの時間を稼ぐ。逃さないよう魔法で牽制することも忘れない。
メイは、例の不思議な攻撃をしてこなかった。彼はゆうゆうと前進し、自分にむかってくるドラゴンたちを格闘戦であっさり沈めてみせた。
鋭い鉤爪をかわして胴体に拳を叩き込み、蹴り足が顔面にめり込む。
ふっ飛ばしたドラゴンの巨体を、ほかのドラゴンにぶつけて間合いを詰め、手刀で角や翼を容赦なく叩き折っていく。メイはすさまじい速度で空を飛び、湖を飛行しながらまとわりつくドラゴンたちを余裕で相手取る。
信じられないほどの強さだった。正直なところ、チエリは――いやチエリに限らずこの場にやって来た一族と親衛隊は、みんな心のどこかでメイを舐めていた。
ダンジョン探索者など、所詮は戦いの素人に過ぎないと。
チエリも、素人は言いすぎだが本領ではない、と思っていた。ダンジョン探索者の仕事は、あくまでも素材の入手が本職なのであって、魔物討伐は単なる余技に過ぎないと。
それどころか、魔物の実力は自分たちドラゴンよりもはるかに劣るものと、ろくに知りもしないのに勝手に決めつけていた。
なにせ冥府のダンジョンにたむろしている竜は、みんなレッサーやグレーターだ。エルダー級どころか、アーク・ドラゴンさえいない。
だから、心のどこかでメイの実力を低く見積もっていた。
いくらダンジョン最深部に到達したなどと噂されていても、その実力は日夜戦闘訓練を積んでいる自分たちには遠く及ばないだろう。そう考えていた。
だが、違った。
少なくとも先ほどの初見殺しの攻撃で、メイの実力が並々ならぬことはうかがい知れた。だからこそ即座に認識をあらため、親衛隊一同は全力で排除しにかかったわけだが――それでもなお、メイの実力は想像を絶していた。
またたく間に五人、六人、七人とやられていく。
牽制の魔法もかわされるか、素手で叩き落された。前衛の崩壊も時間の問題だ。だが、それでもまだ負ける気はしなかった。メイが逃げなかったからだ。
ブレスが発射される。自分もふくめた、最強のドラゴンの攻撃だ。アーク級だけでなく、エルダー・ドラゴンである父母の一撃も加わっている。
メイは、避ける素振りすら見せなかった。
直撃する。巨大な湖が消滅するほどの超高エネルギーだ。だが、実際は何も起こらなかった。ブレスはいったんメイに直撃し、湖面にぶち当たって巨大な水柱と霧を発生させるが――それらは風によってあっさり散らされた。
「周囲の被害は考えないの?」
メイの声がした――この場に似つかわしくない、かわいらしい少女の声が。
チエリたちが放ったブレスは、メイの巨大な魔力によって覆われていた。暴れ狂う超高エネルギーが、太陽のように球状にまとめ上げられ、それが徐々に縮んで小さくなっていく。
手のひらに収まるほどのサイズになると……メイは、あっけなくそのエネルギー体を握りつぶした。手のひらを開いたとき、そこにはなにもなかった――なにも。
チエリたちが放ったブレスの痕跡はどこにも見当たらない。唖然とする。なにをどうしてそんなことができるのか、想像もつかなかった。
「思ったより、弱いね……」
メイはそうつぶやいた。
それから、不意にまた衝撃が来た。ただし、今度は最初に喰らったような生易しい一撃ではない。全身の骨が砕け散るような、とてつもなく凶悪な攻撃だ。
気がつくと、地面に叩きつけられていた。肺の空気が全部口から吹き出して、息をすることさえできない。必死に呼吸をととのえようとして、身をひねる。気づくと竜化も解けていた。
かすむ視界であたりを見回せば、自分たちは湖上から遊歩道の上まで吹き飛ばされたことがわかった。チエリだけではない。全員だ。同じようにやられている。ドラゴンの姿を維持できているものは誰ひとりとしていない。
自身に回復魔法をかけて、チエリはなんとか立ち上がった。
まだだ、と彼女は思った。まだ、自分たちは負けていない。戦える。確かにメイの力は想像を絶しているのかもしれない。だがそれでも、やりようはあるはずだと彼女は考えていた。
――甘すぎる認識であった。
そして、彼女が立ち上がり、ほかの者もふたたび戦おうと戦意を高揚させたところで……チエリは唐突に、指一本動かせなくなった。目の前が真っ暗になり、音も聞こえなくなる。匂いもだ。感覚がない。
ただ、不思議と恐怖はなかった。むしろ心地よささえあって……それが不気味に思えた。なにも感じられなかったチエリは、自分が幻術にでもかかったのではないかと考えていた。
一番最初にやられたがゆえに、彼女は惨劇を直接見ることはなかったのだ。
なにしろ自分がどうなっているのかさえ、彼女は正確に把握できていなかったのだから。
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