第3話 暴虐竜の帰還
道中は安全きわまりなかった。
本来、空の旅は生きて帰れるか、生きていても五体満足で無事に帰港できるかわからない命がけのものだ。
ところが今回の旅ときたら……近づく魔物をメイが片っ端から処理する。おかげで凶悪な魔物にまったく襲撃されずに安全航行だ。
しかも普通だったら天候の急変――それも竜巻や雷雲に巻き込まれて、船が墜落しかねないほどの大惨事が起きるはずなのに、船体は無傷。
メイが天候すら自在に操ってみせたからだ。
正直、雲海のうえに突如として巨大な竜巻が無数に発生したり、いきなりすさまじい雷撃を帯びた雲が霧のように迫ってきたときは、さすがのリンネも生きた心地がしなかった。
ところが、メイはそれらの自然現象をあっさりと無力化する。
空はあっという間に元通りの青空に早変わりだ。きれいで真っ白な雲海がどこまでも続く、実にさわやかな風景が広がっているだけだった。
あまりにもやることがないので、船員たちは拍子抜けして逆に気疲れしている様子だった。
なにせ竜群島東方諸島の港に着いたときには、全員が疲れ果てた顔で甲板に突っ伏していたのだから。
メイがすべてよしなに処理してくれるとはいえ、だからといって気を抜いていい理由にはならない。むしろ東方覇竜に何かあったら物理的に首が飛びかねない。
そのせいで船長も船員も常に気を張りっぱなしで、そのくせ魔物も天候も全部メイが片づける。
自分たちの経験がまったく役立たなかったがゆえに、彼らはいっときも心が休まらなかったようだ。
「ご苦労さまですわ」
とリンネが声をかけると、船長はげっそりした顔でこう告げた。
「飛行船に乗って、初めてといっていいほどの順調な旅でしたよ……。こんなに順風満帆な旅路なんて経験したことがないのに……なぜでしょうな、寿命が縮んだ気がします」
憔悴しきった様子で、船長は大きくため息をついた。
「さて、では飛行船の皆さま方、ここまでありがとうございました」
ノノが丁寧に頭を下げる。そうしてメイたちをともなって下船した。
「ここが竜群島……!」
リンネは歩きながらそうつぶやいたものの――
「正直、クラブ大陸とあまり変わりませんわね」
「そりゃ生活様式は同じようなもんだろうしね。俺はダンジョン暮らしだから、そっちに行けばまた物珍しい感じになるかもだけど」
となりを歩くメイが肩をすくめる。リンネはあたりに目を走らせた。
竜群島の町並みは、見慣れたものと大差ない。木造建築の家々にまじって、コンクリートのビルが建っている。道路はアスファルトで舗装されていて、お店の看板やポスターがところどころにある。
違うのは人々の姿くらいのものだろう。
竜群島というだけあって、住民はみんなドラゴンだ。といっても、もちろん竜化している者などいない。
皆一様に人の姿をしている。ニューマンと違うのは、彼らには角があり、翼があり、しっぽがあるという点だ。
竜群島は北にあるがゆえに肌寒い。しかし竜たちは強靭な肉体を持つゆえに平然と肌をさらす。厚着をしているものは珍しい。
〔まぁわたくしも薄着ですけれど〕
ノノが、お寒くありませんか? と気を遣ってくれるが、大丈夫ですわ、とリンネは返事をする。
ドラゴンほどではないが、ニューマンもまた強靭な肉体を持つのだ。もっとも、魔力強度の高いフェアリーなども魔法で暑さ寒さの対策は万全だと聞くが。
リンネは行き交う人々――といっていいのかわからないが、ともかく住民たちを観察してみた。
彼らはリンネと目が合うと、いっせいに顔をそらす。最初から――船から降りたときからずっとこうだった。
港には大勢の人々が待ち構えていた。だが、歓迎しているようなムードはまったくない。むしろメイの姿を見た途端、悲鳴が上がったほどだ。
一部の者たちは後ずさりし、逃げるように走り去っていく。その場に残った者たちも、困惑した様子で互いに顔を見合わせるだけだった。
メイたちが移動しても、ついてくる気配はない。
港から町への道には、行き交う人々もたくさんいた。だが、彼らはメイの姿を見つけると、「お、おい……あのひと」と近くの者とひそひそ内緒話をするだけで、喜んでいる様子を見せない。
どう見ても、自国の領主あるいは王の帰還とは思えなかった。
どちらかというと――これは凶悪な犯罪者が出所し、シャバを堂々と出歩いているのにうっかり遭遇してしまったかのような、そういう態度を思わせる。
実際、町の人々の顔つきは好奇心と、ヤバいものと出会ってしまって失敗した――と思うような曖昧な笑みだ。
「中央覇竜から、馬車で宮殿まで来るように命令されております」
ノノは周囲の視線など意に介さず言った。
港を出てしばらくのところに、二頭立ての大きな馬車が用意されていたのだ。大きな箱馬車だ。
「走るか飛ぶかしたほうが速くない?」
メイの言葉に、ノノは苦笑いを浮かべる。
「そうおっしゃるだろうと思っての勅命でございます。『せっかく用意したのだからちゃんと乗れ。客人を走らせるでない』とのことで」
「わかったよ」
「ではみなさま、中へどうぞ」
ノノが馬車の扉を開けながら、にこやかな笑みを浮かべる。
そうして馬車は出発し、スピードを出して飛ばしていく。のんびり歩くようなことはしない。一般的な馬車と同様、いやそれ以上の速度でかっ飛ばしていた。
馬に強化魔法をかけ、馬車は猛然と道路を突き進んでいく。
あっという間に宮殿までたどり着いた。石造りの白亜の宮殿だ。丹念に手入れしたであろう噴水のある庭園に入ると、馬車は速度を落とし、ゆるやかなスピードで移動する。
そうして大きな扉の前まで着くと、馬車は停車した。
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