第4話 メイの両親との対面

 宮殿は広く、ノノの案内でリンネたちは応接間に通された。


 扉を開けて中に入ると、緊張した――いや、出会ったときのノノの姉シズクと同じように恐怖の色を浮かべた男女が待っていた。


 特に、二十歳前後と思しい男のほうは、メイの姿を見た途端、「ひぅ……」と小さな悲鳴を上げて腰を抜かした。


 その場に音を立てて崩れ落ち、尻餅をつくまいとイスに手をかけようとして――そのイスまで転げさせていた。


 大きな音が響く。


 室内はしんと静まり返った。転げた男は、青ざめた顔のまま荒々しく息をつき、ガチガチと歯を鳴らして震えている。


「お、お……お、お許しください……」


 かたわらにいた、おそらく二つ三つ年下と思しいもうひとりの女が、そっとコケた男に駆け寄り、メイにむけて頭を下げる。


 一方、メイのほうはいぶかしげな様子だ。


「誰だっけ? えーと――あ、俺にケンカを売ってきたやつ?」


 メイが確かめるように言うと、ふたりはさっと顔をそらした。


「なんかずいぶん雰囲気が変わってるから気づかなかった。前はあれだったでしょ? いかにもチンピラみたいな荒々しい感じだったのに」


「ちょっとメイさん……あなた、本当になにしたんですの?」


「なにしたって言われても――」


 そのとき、ふたたび部屋の扉が開いて、三人の人物が入ってきた。


 あごひげを生やした壮年の大男と、寄り添うように歩く小柄な男女の二人組だ。後者はおそらく夫婦だろう、となんとなく雰囲気から察する。


「よう! 帰ってきたんだってな! 思ったより早かったなぁ」


 そう言ったのは、壮年の大男だ。彼はメイに近づくと、頭を撫でた。


「元気そうじゃねぇか! 聞いたぜ、ニューマンの大陸でも大暴れしたんだって?」


「伝説の魔物とやり合ったり、軍隊と戦ったり、大陸最強の白騎士と決闘したりしたからね。大暴れっちゃ大暴れかな?」


「見事にやりたい放題だなぁ、お前! ノノちゃんもお疲れさん!」


 そう言って壮年の男はノノに手を振った。ノノはぺこりとお辞儀をする。連れ立って歩いていた小柄な夫婦が、メイの前にやって来た。


「元気そうでなによりだ。よく帰った」


「怪我はしてない? その様子だと大丈夫そうかしら?」


 若々しく見える夫婦は、どことなくメイに似ている――リンネの直感が働く。間違いない、メイのご両親はこのふたりだ。


「あの……は、はじめまして。メイさんのご両親ですわよね?」


 確認をとりつつ、リンネはできるだけ優雅に一礼する。


「ヒスイ王国王女リンネと申します。鈴の音色のように美しく澄んだ娘に育ってほしいことから、リンネと名づけられ――」


「名前からだいぶ離れた娘に育ってない? 変態要素は?」


「そんなもん込めて名づける親いねーですわよ! というかメイさん!? 後ろからぶっ刺さないでくださいます!? 自分の妻になる女の変態性を親に明かす必要ありまして!?」


 言ってから、リンネはハッとして、


「え、えーと――とにかく! 息子さんと結婚を前提におつきあいさせてもらっております! よろしくお願いします!」


 取りつくろうように急いで頭を下げると――おおー、と大男のほうから歓声が上がった。


「なんだよ、お前。いい姉ちゃん捕まえたじゃねぇか!」


「どっちかっていうと、俺のほうが捕まったんだけどね」


「そうなのか? まぁどっちでもいいじゃねぇか! 美人で胸もデカくて外見はお前のどストライクだろ? おまけにきちんと挨拶もできる。完璧じゃねぇか! 捨てられないように気をつけろよ?」


「完璧じゃないよ。さっきちらっと言ったとおり、変態だからリンネは」


「別にいいじゃねぇか! ちょっとした欠点くらい、可愛げがあるってもんだ!」


「『ちょっとした』で済ませていいのか、たまに迷うんだよなぁ……」


〔どういう関係なのかしら?〕


 リンネが大男とメイの関係をはかりかねていると、メイの両親が助け舟を出した。


「丁寧なご挨拶痛み入ります。メイの父です」


「同じく母です。こちらは冥府のダンジョンで長老のようなことをしている――」


「俺ぁ、ガイってもんだ。何百年も生きてる爺さんだから、ま、気にしねぇでくれ」


 そう言って、壮年の大男はイスに腰掛けた。


「今日は面白そうなんで来ただけだからな」


「一応、ガイさんからの証言ももらえるならそのほうがよいですけどね」


 ノノが苦笑いでつけ加える。


「なにせ正式な記録になるわけですから、できれば色々な人の証言もほしいところです」


「記録? いったいなにをするつもりですの?」


 リンネは首をかしげる。


「『事情説明はこちらに着いてから』の一点張りで、結局のところどういう経緯であなたが来たのかも聞いていないんですけれど?」


「あれ? そうでしたっけ?」


 ノノがちょっとばかりバツが悪そうに答えた。リンネが吐息を漏らす。


「メイさんが竜群島に戻ると言って、ちょうどあなたが迎えに来たからついて行った……だけですわ、わたくしたちは。中央覇竜の意向みたいですけれど、具体的にここでなにをやるかまでは聞いてませんわよ。ただ事情を説明すると言われただけで」


 というか、とリンネはじっとノノを見つめる。


「そもそもあなた……本当にミニチュアなんですの? メイさんが言ってましたわ。ミニチュア・ドラゴンは生まれて間もなく処分されてしまうと……。今さらですけれど、あなた本当に――」


 言いかけて、リンネは口を閉ざした。


 ノノの目が変化したからだ。メイと同じ、竜の眼だ。そして、ノノは手のひらに小さな、ミニチュア・サイズのドラゴンを出してみせる。


「ご納得いただけました?」


「確かに、あなたはメイさんと同じミニチュア・ドラゴンのようですわね」


 リンネはノノの手のひらに座るドラゴンをつんつんと指先でつついてみせた。


 小さなドラゴンはくすぐったそうな顔で、リンネの指に体をこすりつける。まるで猫のようだ。


「けれど――だとすると、ますますわかりませんわ。なぜミニチュアが生きているのか」


「だからこその説明であり、また記録を取るのですよ」


 ノノは手のひらのドラゴンを消し、人差し指を立ててみせた。


「そこにいるふたりは兄妹です」


 ノノは最初から部屋にいた男女ふたりを指さした。男は床に倒れ込んだまま、未だに肩で息をしている。


 女のほうは不安げな表情でノノをうかがうように見ていた。


「レイジとチエリ……まぁ妹のほうはただの付き添いです。本人だけではどうも精神的に無理ということで」


 ノノは苦笑いで肩をすくめる。


「せっかく来たのですから、彼女にも証言はしてもらうつもりでいますが……要は、メイさまが東方覇竜に就任するまでになにがあったか? どうしてそうなったか? についての語り合いでございます」


 ノノはいたずらっ子のようにお茶目にウインクをする。


「メイさまだけの証言では、全体の流れを把握できないのでは? と思いまして。実際」


 と彼女はメイに向き直った。


「我らが主も、当時の状況をよくご存じでないのでは?」


「確かによくわからなかったというか、未だになんで喧嘩売られたのか謎のまんまだからね。少なくとも俺は、どういう経緯でああなったのかは理解してない」


「そんなわけですので」


 ノノはにっこりと笑った。


「メイさまも含めて、新たな東方覇竜誕生までの経緯をこうして語り合おうと企画した次第でございます」


 ノノは丁寧に一礼してから、扉のほうへちらりと視線を動かした。


 すると、書記官と思しい恰好の人物が何人も入ってきて、リンネたちに頭を下げる。


 そして、それぞれ部屋のすみに設置してあったテーブルの前に座る。全員がペンを手に持ち、白紙のノートを広げた。


「中央覇竜からも詳しい記録を史書として残すよう勅命が下っております。それに」


 とノノは一本ずつ指を立てながら、


「レイジ、姉さま、メイさまで、おそらく事実の認識がだいぶ違うのではないかと考えまして。面白いと思いませんか? まるで『藪の中』みたいでございます」


「『藪の中』だと最終的に真相がわからなくなりそうですわね……」


 リンネの言葉に、ノノは楽しそうな笑みを浮かべる。


「実際にどうなるかはわかりません。でも、それぞれが見ていた現実がどういうものか、ちょっと興味がわきませんか?」


「わたくしはそこまで惹かれませんけれど、でもなにがあったか気になってはいましたわ。メイさんの説明だけだと要領を得なくて……」


「では、まずはそこのレイジから語ってもらいましょうか。後回しにすると、しゃべることすらできなくなりそうですからね」


 ノノに水を向けられると、レイジという男はうつむいたまま、ぽつりぽつりと語り出した。


 もっとも、その話はあちこちに飛び、動揺しているがゆえにまとまっていなかった。しかも妹が時たま口をはさむから、なおのこと話が前後する。


 だから、最終的にやって来た書記官たちが時系列順に整理して、次のようになった。

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