第5話 生まれながらの才能の差

 レイジは東方覇竜の次男として生まれた。


 兄と姉、妹がいる。四人兄妹である。そして四人のなかで唯一、レッサー級として生まれた子供でもあった。


 才能というのは、決して同じではない。人それぞれ違う。そしてその差は……生まれの時点で、すでに明確にあらわれている。


 通常、子供はどの種族であろうとレッサー級として生まれる――しかしながら、ごく一部にグレーター級として誕生する者がいるのだ。


 いわゆる才能にあふれた天才児である。


 普通、レッサー級がグレーター級に進化するには長い修業が必要だ。なのに彼らは最初からグレーター級として生を受け、たいがいはあっさりアーク級に進化する。


 レイジの兄妹たちもそうだった。


 兄は十歳で、姉にいたっては九歳で、そして三つ下の妹は十一歳でアーク・ドラゴンになった……代々東方覇竜を輩出してきた一族のなかでも、特に目を引く英才たちだった――レイジ以外は。


 レイジだけは、レッサー・ドラゴンとして生まれ落ちた。


 この事実はレイジにとって、とてつもないコンプレックスだった。


 超がつくエリート一族の生まれなのに、自分だけが凡才――いや、客観的に見れば、レイジもまた十分にエリートといってよかった。


 別にレッサーに生まれたからといって、絶対にアーク級になれないわけではない。


 エルダー・ドラゴンどころか、伝説に謳われる覇竜戦争以前にはエンシェント・ドラゴンになる者さえいたという。


 幼い頃のレイジも、いつかはアーク・ドラゴン、父母と同じエルダー・ドラゴンになれる……! そう信じて、まじめに訓練を積んできた。


 だが、実際にはダメだった。両親や兄、姉に勝てないのは当然として、三つ下の妹にすら負ける。


 組手で負け、勉強で負け――さらにレイジが必死になって十四歳でグレーター級になったというのに、妹は十一歳であっさりアーク級に進化した。


〔ダメだ、俺には才能がない……〕


 レイジは思いつめ――そして、もはやなにをやろうと、兄や姉はもちろん妹にすら勝てない、とすべてを投げ出してしまったのだ。


 それまではまじめに続けていた訓練もやめ、学校もサボりがちになった。


 むろん、レイジとてバカではない。十四歳でグレーター・ドラゴンというのが、十分すぎるほどの才能の証明であることぐらい理解している。


 実際、東方覇竜の息子という立場を笠に着て、同年代の者たちから金品を奪い、暴力を振るい、喧嘩に明け暮れていても――レイジに勝てるものはそうそういなかった。


 当然である。


 レッサー級がグレーター級に進化するには、一般に十五年から三十年程度の修行が必要だと言われているのだ。


 しかも、どれだけ修行してもグレーター級に進化できない者もいる――これもまた才能の差というやつだ。


 十代の学生は大半がレッサー級のままであり、例外は生まれながらのグレーター級、そしてレイジのように修練によって己の才能を開花させた、ごく少数の者に限られる。


 しかし――それでもなお、レイジはいたたまれなかった。


 優秀で、なんでもできる兄妹たちと違って自分だけは劣等生……一族の恥なのだと。


 現実には両親も兄妹もレイジのことを気にかけ、期待してくれていたのだが――そういった心遣いや期待さえ彼は重く感じていた。


 で、レイジは家からも学校からも逃げ出し、気の合う不良仲間とつるんで遊び三昧、ケンカ三昧の日々を送っていた。


 逆らうものには鉄拳制裁を浴びせ、だんだんと取り巻きが増えていった。


そして――レイジが十五歳になった頃、つまり今から五年前……レイジは初めてメイという男の存在を知った。


 実際には、もっと前からメイのことはだいぶ話題になっていた。だが、レイジの耳には入らなかったのだ。知ったのも、ただの偶然である。


 たまたまその日、レイジは久々に強い相手と戦っていた。自分と同じような、レッサー級からグレーター級に進化したやつだ。


 孤高気取りで誰ともつるまず、ひとりで過ごしているような男。


 なんとなく目障りに思ってちょっかいをかけ――当然のごとく、殴り合いのケンカになった。


 互いに腕自慢、自分の強さには自信のあるふたりだった。


 戦いそのものはレイジの勝利で終わったが、その際、相手の男がふとメイのことを口に出してきたのだ。


 冥府のダンジョンに、最弱のミニチュア・ドラゴンがいると。


「なんだそりゃ? ミニチュアって殺処分だろ?」


「変わり者のレッサーの両親から生まれた子供らしい。せっかく生まれたのだから、きちんと育てようと……。美少女だとか美少年だとか、色々と言われていて、だいぶ前から話題になってる。知らなかったのか?」


「ダンジョンの話なんか知らねーよ」


 レイジは吐き捨てるように言った。


 ダンジョンから得られる資源は、竜群島の重要な輸出品となっている――というのは、学校の授業でも学ぶことだ。


 だが、レイジをはじめとした竜群島の人々は、なんとなくダンジョンの者たちへの蔑視感情を持っている。


 厳密には、ダンジョンにもぐる仕事をする探索者たちには、さほどの悪印象を持っていない。


 他国からもやって来るし、彼らはたいてい品のいい観光客を兼ねる。


 だが、竜群島の人間なのに――つまりドラゴンなのにダンジョンで働く者たちはダメだ、と漠然と思っている。


 少なくとも竜群島の者たちは総じてそうだ。


 なにせ彼らはダンジョン内にわざわざ町を作って暮らす。地上ではなく地下で、魔物の領域で好き好んで生きる。


 そのくせ、彼らは総じて弱かった。


 ダンジョンに生きるドラゴンはレッサー級が大半であり、ごく一部にグレーター・ドラゴンがいるだけ……アーク級もエルダー級もいない。


 ダンジョンでずっと魔物と戦っているくせに、真っ当に進化できない落語者たち――というのは、レイジをはじめとした多くの竜群島の者たちがいだく印象だった。


「なんだ? お前まさかダンジョンに行く気なのか? 正気かよ?」


「ちょっとした憧れがあるだけだ。それに――そのミニチュア、冥府のダンジョンの下層にもぐったって話だ」


「は? 下層ってアレだろ? 凄腕探索者ですら、よっぽどの依頼がなきゃ絶対に行かないって場所じゃねーか」


 島外から来る腕利きパーティも、下層にはそうそう足を踏み入れないと聞いている。それほど冥府のダンジョンは危険なのだ。


「だが、そいつは下層から生きて戻ったってもっぱらの噂だ……もちろん、あくまでも『ただの噂』ってだけだが」


「ありえねーよ。どうせホラ吹いてんだろ? だいたいミニチュアは進化どころか成長すらできないって話じゃねーか。それがレッサーからグレーター、アーク、エルダー級にまで一気に進化してみせたってのか?」


 冥府のダンジョン下層は、単独ならエルダー・ドラゴン、アーク・ドラゴンなら三人以上のパーティが推奨されているはずだ。


 ちなみに他種族ならエルダー級で二人組、アーク級なら六人以上のパーティでなければ命を落とすと言われている――島外から来た腕利きが足を踏み入れないのも当然だった。


「いや、相変わらずミニチュアのままで、竜化できないらしい」


「百パー嘘じゃねーか」


 くだらねー、とレイジはため息をついた。


「だが、事実だったとすれば驚異だ。ダンジョンというのは、案外修行場としていい環境なのかもしれん」


「ダンジョンなんて進化できない落語者の集まりじゃねーか。断言するけど、お前ダンジョンなんかに行ったら絶対アーク級になれねーぞ」


 どうせ小金稼いで満足してんだろアイツら、とレイジは軽蔑もあらわに言った。男は浮かない顔で吐息を漏らす。


「それなりに日銭を稼げる、だから満足して進化できない……か。確かによく聞く話だ」


「別に危険を冒さなくても、ダンジョン上層で適当に狩りしてるだけでそこそこ贅沢できるって話だぜ? んなとこいたら腐るだろ」


 レイジの言葉に、相手はくっくと笑った。


「あ? んだよ? もう一戦するか?」


「さすがに連戦はキツいな」


 男は苦笑いで首を横に振る。


「別にあんたを馬鹿にしたわけじゃない……ただ、確かにそんな環境にいたら腐りそうだと思っただけだ」


 俺はなまけ者だからな、と男は笑う。


「あんたに負けて……俺ももっと、厳しい環境に身を置くべきかと思ったんだ。その『メイ』という美少女だか美少年だかわからないやつのように」


「そいつだってどうせヌルい環境で生きてんだろ。たぶん下層にもぐったってのもマスコット枠か、でまかせでテキトーこいてんだろうぜ」


「だが、本当かどうかは確かめてみないとわからん」


 男はそう言って立ち去った――そして、以降は町で見かけることもなくなった。


 二年ほどが経った頃、レイジは男が死んだことを風のうわさで耳にした。ダンジョンにもぐっている最中、魔物との戦いで命を落としたと話題になっていたのだ。


 そして同時に、メイの話も聞いた。良家の娘の婚約者になった、と。

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