第二部 ミニチュア・ドラゴンの回想

第1話 竜群島へむけて

 リンネは飛行船に乗っていた。


 メイは当然として、セバスとカノン夫妻、さらにミニチュア・ドラゴンだというノノと、その姉であるシズクも同行している。


 リンネたちの乗る飛行船は、旧人類のものとはまるで違う――違うといっても、リンネは資料で見たことがあるだけで、実際に旧人類の飛行船に乗ったことはない。そもそも作られていないのだから、乗りたくても乗れないのだが。


 現代の飛行船は、雲海のうえを行く。


 形は大きな帆船だ。帆で風を受けて――高空ゆえに常に強風が吹き荒れている――それを風魔法で調節して雲海を進む。


 この雲海もまた、魔法で作り出したものだ。見渡すかぎりの真っ白い雲が、空の彼方までずっと続いている。この雲は、水のような粘性を持っている。


 したがって、海を行く船のように雲海を進むことができるのだった。


「船長! 四時の方向! 敵影あり!」


 船員の緊迫した声が響く。


「総員! 戦闘準備――!」


「あ、いいよ。俺が片づけるから」


 船長の指示に、メイののんきな声がかぶった。


 瞬間、四時――つまりななめ後方にいた魔物の群れが、突如として力を失って雲海のうえに落ちていく。


 空は魔物の領域だ。地上とは比較にならないほどの強力なバケモノがうじゃうじゃいて、しかもそいつらが群れをなして襲ってくる。


 雲海を作るのも、下からの奇襲を防ぐためだという。分厚い雲でおおうことで、通常の雲のように偽装し、船の存在を隠す。


 さらに万が一、敵が襲ってきた場合の障壁と警報を兼ねる。雲海は障害物に当たると硬化する仕様だ。


 だが、それだけ警戒していてもなお、魔物は襲ってくる。魔物は平然と高空を飛びまわり、獲物を見つければ即座に襲撃してきた。


 もっとも、そんな魔物はメイが片っ端から撃墜していたが。


「船長、また甲板を借りるよ」


 メイが仕留めた魔物をすべて甲板まで魔法で引き寄せた。


 そして、鮮やかな手並みで解体をはじめる――空の魔物は貴重で、高く売れるから、とメイは上機嫌だった。


「見事な腕前です、さすがはメイさま」


 ノノが称賛する。


「お手伝いできず、大変申しわけなく思っております、我らが主」


「うまい人なら任せてもいいんだけどね。きれいに解体するにはコツがいるから」


 船長と船員たちは、誰も彼も不気味なものを見る目でメイを見ている――通常、空の魔物は撃退してもほったらかしだ。


 わざわざ回収するリスクをとるより、さっさと目的地に着いたほうが安全だからである。甲板に仕留めた獲物を持ってきて、堂々と解体作業までやる者など普通いない。


「これが、覇竜……!」


 壮年と思しい髭面の船長は、戦慄した様子でつぶやく。


 彼らは竜群島の人間ではない。クラブ大陸――つまり、ニューマンたちの国が共同所有する飛行船の船員だ。


 竜群島へ戻るというメイのために……というより、新たな東方覇竜誕生で呼び戻した飛行船を、ふたたび竜群島へ渡らせる必要があった。


〔覇竜が同行してくれるなら、これ以上ないくらい安全ですものね……〕


 実際、襲撃してくる魔物はすべて鎧袖一触だ。


 空の魔物がどれだけ凶悪であろうと、メイの敵ではないらしい。


 そんなわけで、安全に飛行できるという打算もあって、三大国をはじめとした国々は喜んで移動の足を用意したのである。


「どうかしましたか、姫君?」


 ノノがリンネに話しかけてくる。


「退屈でしたら何かお話でもしましょうか? こう見えてもわたし、ずっと座敷牢にいまして……色々な物語を知っているのですよ。ひとつ、お聞かせしましょうか?」


「あなたの立ち位置が正直よくわかりませんわね……」


 リンネは素直に自分の気持ちを言った。


「なぜかわたくしの好感度が高いっぽいのも謎ですわ」


「ハーレム容認派……いえ、むしろハーレムを作りたいのは姫君のほうなのでしょう? わたしの意向とも合致していますから」


「それはつまり、あなたも加えろということですの?」


「正確には」


 と彼女はかたわらに控えていた姉――シズクの背後にまわって抱きつき、その胸を揉みしだいた。


「ちょ、ちょっとノノちゃん……!」


 シズクは焦り顔で妹を咎めようとする。


「姉さまもひっくるめて、ですよ」


 妹のほうは、姉の態度をまったく気にしていない様子だ。


「どうですか? 胸のサイズはわたしより小さいですが、それでもほら……手のひらに収まりきらないほどのサイズでございます。いえ、わたしの手は小さいですが、それでも姫君から見ても巨乳に分類される大きさでしょう?」


「確かに――ドラゴン娘もいたほうがバリエーションが……! いえ、こういうのはやはりメイさんのお気持ちもありますし……」


 リンネがすんでのところで自分の欲望を抑えると、メイの呆れた声が聞こえた。解体作業を進めつつ、彼は言った。


「今さら俺の感情を気にするの?」


「だってメイさん、自分に欲情しない女はお嫌いなのでしょう? この方……ノノさんとシズクさんはお眼鏡に叶いまして? 確かにわたくしはハーレムを作りたいと思っていますけど、だからって夫の感情をないがしろにするつもりはありませんのよ?」


「んー……」


 メイは解体作業を進めながら、渋い顔をする。

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