第4話 ミニチュア・ドラゴンのメイ

 メイは竜群島で生まれた。


 幼い頃に両親を亡くした彼は、ダンジョンにもぐって生計を立てる探索者として生きてきた。魔物を討伐し、魔石や肉、皮、骨などを得て金をもらう。


 ダンジョン内でしか手に入らない貴重な鉱物や薬草なども大事な収入源だった。


 幸いにも、メイは両親からダンジョンのもぐり方、戦い方を伝授されていた。ダンジョン生まれということもあって、周りの大人たちも何かと世話を焼いてくれた。おかげで、メイはいっぱしの探索者として成長し、金に困ることはなかった。


 そんなある日、彼は唐突に覇竜に呼び出された。


 覇竜とは、竜群島における領主、あるいは王のような存在である。〔何かやらかしたっけ……?〕と首をひねりつつ、メイが覇竜のもとへ向かうと、いきなり婚約者を紹介された。


 見ず知らずの女だった。向こうも面食らったらしく、終始困惑した様子だった。


 メイは、いずれ自分は島を出る、武者修行の旅をする、と覇竜に告げたが相手は意に介さない。それならそれでかまわない、と美しき覇竜は笑い、互いに気に入らなければ破談にするがよい、とつややかな声で言うのだった。


 そうして、メイは初対面の女と婚約した。といって、別に何かが変わったわけではない。


 婚約後もメイはダンジョンにもぐって金を稼ぎ、凶悪な魔物相手に激戦を繰り広げ、そうして己の腕前をみがいていった。


 婚約者と会うことはなかった。向こうから会いに来ることもなければ、メイから会いに行くこともない。互いの生活は――少なくとも、メイにとってはなにひとつ婚約前と変わらなかった。彼の人生と婚約者の人生が交わることはなかったのだ。


 メイにとって、竜群島での生活はダンジョン暮らしを意味する。四六時中、ずっとダンジョンにもぐり、金を稼ぎつつ自分の腕をみがく。ミニチュア・ドラゴンに過ぎない自分が、はたしてどこまで強くなれるのか――それを探求し続ける日々だった。


 そうこうするうち、メイが旅立つ日がやって来た。ダンジョンをあらかた攻略してしまって、これ以上強い相手との闘争を望めなくなったからである。


 メイが強くなる方法は、凶悪な力を持つ魔物と戦い、倒すことだった。だから、メイは新たな強者を求め、竜群島の外へと旅立たねばならなかったのだ。


 とはいえ、さすがに別れの挨拶もなしというのはまずいのではないか? と彼は思った。なにせ形だけとはいえ婚約者なのだから……メイは初めて婚約者に会いに行った。


 すると、相手はなにやら若い男と揉めている。婚約者と年の近い青年だった。


 恋人だろうか? 面倒な場面に居合わせたものだと思いつつ、ともかく当初の目的を果たそうと声をかけた。


 そして、どういうわけか青年のほうが喧嘩を売ってきた。


 別れの挨拶をしに来ただけなのに、いったいなぜ?


 そう疑問に思うが、攻撃された以上は反撃しなければならない。メイは相手を返り討ちにした。すると、今度は青年の家族が出張ってきた――それも手勢を率いて。


 もちろん返り討ちにした。


「したんですの!?」


 リンネが驚愕の声を上げた。


「そりゃするよ。襲われたんならやり返さないと。サンドバッグになっちゃうよ?」


「いえ、そうかもしれませんけれど……というかなぜそんな事態に?」


 黙って話を聞いていたリンネだったが、どうしてもそう問わずにはいられなかった。


「さぁ?」


 メイは魔物を解体しながら答えた。


 道中、思った以上に魔物の数が多く何度も襲われたのだ。そのたびにメイは易々と魔物を倒し、魔石を取り、丁寧に解体作業を進めていた。


「面倒なことになりそうだからさっさと島を出ちゃったし、いったい何が気に食わなかったんだろうね? いやまぁ家族のほうは大事な息子がやられてお冠だったんだろうけど、そもそもきっかけがよくわからないっていうか……勝手に怒り出して喧嘩売ってくるし」


 メイはその時のことを思い出したらしく、吐息を漏らした。


「俺がミニチュアなのが気に入らないらしいけど、そんなこと言われてもなー。っていうか、ほかにもいっぱい言ってて何がなんだか……」


「はぁ、ミニチュアなのが――」


 相槌を打ちかけて、リンネはふいと言葉を止めた。


「え? あなた、ミニチュアって……ミニチュア・ドラゴン?」


 半ば呆然とした口調でリンネは問いかけた。


「そう言ったでしょ?」


 メイは獲物を収納しながらうなずいた。そして、自嘲的な笑みを浮かべる。


「すぐ殺処分されるはずのミニチュアが生きてるはずないって?」


「いえそれは……って殺処分!?」


「あれ? 知らなかった?」


 メイは意外そうな顔をした。


「ドラゴンに変身できない失敗作。誇り高き竜にとっては種族の恥。だからさっさと処分する。それが慣例なんだってさ」


 メイは自分の頭を指差し、それからくるりと回って背中をみせた。


「見た目ですぐわかるからね」


 確かに、とセバスが口をはさんだ。


「角もしっぽも翼もありませんな。見た目はごく普通のニューマンです」


 メイの体には竜の特徴がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る