竜傭兵ドラグナージーク

刃流

第1話 ドラグナージーク

 吸い込まれる様な青色。雲を突き抜け、ドラグナージークは空を行く。

 今回は空の航路を塞ぎ、勝手に関を設けて金を得ているという山賊ならぬ空賊達が相手だ。腰には長く太い斬竜刀グレイグバッソを提げ、ドラグナージークは先を急ぐ。

 逆風が面頬を、甲冑を揺らめかせる。ドラグナージークは確信する。風は西、天気は曇り、敵に有利な条件だ。

 大きな黒雲が雷を孕み明滅している。俄か雨が来るのだろう。

 ドラグナージークは乗っている竜の手綱をしっかり握った。長年共に仕事を続けて来た相棒だ。これだけでドラグナージークが戦闘準備に入ったことを察するだろう。竜は頭が良い。古代には喋る竜もいたそうだが、ともかく今は伝説上の生き物と共に歩める世界になったわけだ。私はその間に何度神に召され、何度生まれてきたことかそれは分かるはずも無い。言えることと言えば、今が最高の時代で人間に生まれて良かったということだ。

 ドラグナージークの竜、ラインは静かに空を駆け、雷雲に近付く。赤い鱗が特徴の六メートル級の中型レッドドラゴンで、額の後ろに向けて太い角が左右それぞれ二本ずつ伸びている。二足歩行もできるが、地面では大抵四つ足で動いていた。そして屁が臭い。

 雷雲の陰から五騎の竜に跨った賊どもが現れた。

 一頭の竜が咆哮する。耳にビリビリ来るが、これでも軟弱な方だ。見た所、体長は四メートル程だろうか。扱い安い大きさだ。

 ドラグナージークは止まった。

「お前達か、勝手にここに関を設けているのは?」

 ドラグナージークが叫ぶと、相手が叫び返した。

「その通りよ! ここを通りたければ金貨五枚よこしな!」

「君達が何者か分かった! 私は君達を討伐しに来た!」

「テメェ、傭兵か!?」

 黒雲の中で雷が低い音を上げる。

「その通り! 大人しく投降すれば良し、さもなければ、遠慮なく斬る!」

 ドラグナージークは左手に手綱を掴み、右手でグレイグバッソを引き抜いた。鉛色に光る重い剣だ。竜ごと斬るために造られた剣である。ドラグナージークは出来れば竜だけは斬りたくなかった。竜は人よりも信用できる愛すべき動物だからだ。

「ペケ! 炎を吐け!」

 敵の竜が一頭口を大きく開き、炎を噴射した。

 だが、ドラグナージークはその燃え盛る紅蓮の炎を下段から迂回し、敵の懐に入った。

「斬!」

「ギャッ!?」

 勢い良く振り下ろした剣は賊の身体を肩から斜めに分断する。遺体は二つに別れて、血を噴き上げながら地面へ落ちて行った。

「よし、よし、いい子だ」

 ドラグナージークはペケと名付けられたレッドドラゴンの頭を撫でた。主を失ったレッドドラゴンは、まるで礼を言うかのように甘く鳴いた。

「まだやるか!?」

 ドラグナージークが問うと、残る四人は一斉に向かって来た。

「舐めるなよ、傭兵!」

 敵が近付いたところで、ドラグナージークは巧みに手綱を動かし、上空へ上がった。そして風上を取ると、叫んだ。

「ライン、炎だ!」

 ラインが炎を吐いた。真っ赤な灼熱は風に乗り素早く広がり、身を返そうとした賊どもを一気に包み込む。

「ぐあああっ?」

 火だるまとなった二人が落下していった。

 ドラグナージークは炎を止めると、一気にラインを加速させた。

「待て!」

 気付いた時は既に時遅し、賊は剣で一刀両断にされた。

 ドラグナージークは最後の一人を睨んだ。

「こ、降参する」

「よろしい」

 ドラグナージークは賊の竜に近付く。口笛を吹き、相手の竜の警戒心を和らげるように努めながら、ついに横づけする。

 縄を取った時だった。

「死ねぇ!」

 降参したはずの男が短剣をドラグナージークに振り上げていた。ラインを動かし、ドラグナージークは間一髪避ける。

「ちっ、覚えていろ!」

 男はそう言い、竜の手綱を引っ張ったが、竜が動かない。

「おいこら、動け! この馬鹿竜が!」

 踵で胸を蹴り、恫喝するが、竜はびくともしなかった。

「絆が出来ていないみたいだな」

 ドラグナージークは相手の背に飛び乗って、素早く縄をかけた。そして口笛を吹くと、ペケや乗り手を失った竜達が集まって来た。

「このままガランまで行こうか」

 ドラグナージークが言うと竜達は言葉が伝わったかのように、ドラグナージークの相棒ラインに並んで、後に続いた。



 2



 ガランの町の高い外壁の外側に下りると、地鳴りが立て続けに五回響いた。ラインは訓練されているため、衝撃を与えず着地できたのだが、他の生け捕って来た竜達はそこまで訓練はされていないようだった。

 門番の若者マルコ・サバーニャが驚いた顔で近寄って来た。

「ドラグナージーク、どうやら無事に依頼は済んだみたいだな」

「ああ。人間の方は生け捕りは一人だ。残りは死んだはずだ」

「分かった」

 マルコは頷くと大きく広い門扉を開けさせ、応援を呼んで来た。苦労して開いた門の向こうからは兵士達が駆け付けて来た。賊の身柄を受け取ると、ドラグナージークを称賛し、生け捕って来た竜を預けるために手続きに入った。

 ドラグナージークはラインを引き連れて、町へと入ろうとした。そこへペケが名残惜しそうに鳴いた。

「みんな、その子はペケだ。よろしく頼むよ」

 ドラグナージークは別れの口笛を吹いた。兵士が二人ペケの様子を確かめているが、ペケは落ち着いたものだった。別れを受け入れたのだ。

「また会おうな」

 ドラグナージークはそう言うと、ラインを連れて町へと入った。

 町は竜に合わせて幅が広く造られている。しかし、それを埋め尽くす人でごった返していた。

「おお、竜だ! ドラグナージークが帰って来たぞ」

 一人が歓喜すると、人々が一斉に振り返った。

「お帰り、ドラグナージーク、それにライン。空を行く最強の傭兵コンビ!」

 ドラグナージークは称賛されて譲られた道を歩んで行った。

 一際大きな建物があった。入り口は城壁に設けられた門扉と同じほどだった。ここが竜を預ける場所となっている。竜の宿舎だ。

 店主の腰の伸びた老爺、テリー・アポンドンが現れ、二人の帰還を祝した。

「それじゃあ、テリー、明日の昼には迎えに来る」

「任せて置け、ドラグナージーク」

 竜に関しては恐らくドラグナージークはテリーには敵わないだろう。口笛での竜の気持ちを掴むことを会得し、空での戦い方も学んだが、自分はまだまだ若造だ。

 ドラグナージークは道を行き、知り合いに声を掛けられながら歩んで行く。空も夕暮れの支配は終わる頃合いであった。その茜色の端を見詰めながら酒場を目指す。酒もそうだが、目的は違った。

「旦那」

 不意に声を掛けられドラグナージークは少し驚いた。

 異臭漂う物乞いのアレン・ケヘティが立っていた。

 いつもながら気配が読めなかった。この異臭にも気付けなかった。ドラグナージークは目の前の知り合いを見て、物乞いなどに身をやつしているが実はどこかの密偵なのでは無いかと、いつも思っていた。

「やぁ、アレン」

 ドラグナージークは金貨を二枚支払った。無精髭のアレンの顔が輝いた。

「風呂にでも入りな」

「グフフフ、ありがとうドラグナージーク。ところで、方角が逆だ」

「逆?」

「ルシンダは今日は北通りの酒場だよ」

「おっと、そうだったか、ハズレを引くところだった。ありがとうアレン」

「グフフフ、どういたしまして」

 細い影を見送ると、ドラグナージークは踵を返した。

 そう、酒などついでだ。ドラグナージークの本当の目的は、歌姫ルシンダに会うことだった。

 兜を脱いだドラグナージークの顔が途端に少し緩む。が、彼は気を引き締めて、誰ともなく笑むと、北通りの酒場を目指し、道の向こうへ消えて行ったのであった。

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