第20話 同居

 実際にドラグナージークの持ち物と言えば甲冑に兜に面頬、そして背嚢一つだけであった。改めて少ない荷物を見て、ドラグナージークは、流れ者だが、また流れて行くのだろうかと、思っていた。ここガランは良い街だ。帝国も竜教の存在を認めている。だが、神竜の末裔を殺してしまい、人々の願いは誰に届くのだろうかと心配にも感じた。

「いらっしゃい」

 ルシンダが迎え入れてくれる。

「世話になる」

「まぁ、お互い様よ」

 そう言われ、ドラグナージークは素直に嬉しくなった。

「酒場からの帰り道は私も同行する。日中に刺客が襲って来ないと仮定してだが」

「今までだって夜を好んで仕掛けて来たんだから、また来るのは夜じゃない?」

「そうだと良いのか、良く無いのか分からないな」

「確かにそうね。だけど、昼は町の人達も大勢いるから大丈夫よ」

「そうだな」

 だが、いざ外に出れば行く方角も同じであった。

 チャーリーの武器屋の裏の演習場で互いに鍛練を詰み、昼は晩の買い物をし、どこかで食べる。そして街の噂が通り過ぎるのは速い。ドラグナージークとルシンダが同居したことはすぐに町中の話題になった。

「御結婚おめでとう!」

「末永く幸せにな!」

 大人も子供もそう言って並んで道を歩く二人にそう言った。

 ドラグナージークは苦笑いし、ルシンダは溜息を吐いていた。その彼女の辟易した様子を見て、ドラグナージークは少し残念に思えた。自分でこそ苦笑いしているが、ルシンダは私のことを鬱陶しい同居人だと思っているのだろうか。

 祝福を受けながらパンと野菜と果物の入った籠を抱えていると、ルシンダが言った。

「迷惑よね」

「いいや、私は光栄だとは思っているが、君こそ、誤解されて辛いんじゃないか?」

「わ、私は」

 ルシンダはそう言うと、声にならない声をごにょごにょと続けた。

 町の者は知らなくて良いのだ。竜乗りを暗殺しようとしている影がいることを。だから、このまま誤解させて置くのが正解なのかもしれないとドラグナージークは思った。

 夕刻、酒場へはルシンダが一人で向かった。ドラグナージークは後から顔を出すことにした。好きでもない男とずっと居るのは辛いだろう。少しは息抜きをさせてあげなければルシンダがもたない。

 そうして夜の帳が深くなり始めた頃、ドラグナージークは家を出た。

 今日のルシンダは西の酒場に居るという。

 民家から零れる光りに照らされた石畳を歩いて行き、ドラグナージークは酒場の外で壁に身を預けた。中に入るつもりはなかった。ルシンダがと自分の関係をからかわれたり、飽きもせずに祝福をされるからだ。ルシンダの仕事に支障をきたす。

「ドラグナージーク?」

 不意に声を掛けられ、ドラグナージークは寝入っていたことに気付いた。

「誰だ?」

「私よ。来てくれないのかと思ったわ」

「ルシンダ、私が居ては迷惑じゃ無いか?」

 ドラグナージークが問うとルシンダは笑顔を浮かべてドラグナージークの胸甲を叩いた。

「迷惑じゃないわよ。気を遣ってくれたのね」

「そんなことはない」

「そんなことあるわよ。私の歌声もお酒もお預けだもの。ごめんなさいね」

 ルシンダが声を落として言うと、彼女は決意を固めたように顔を上げた。

「アレンが同居を勧めてくれた時、私、勿論困惑したわ。だってあなたは私の憧れだもの。憧れの人と寝食を共にできるなんて、こんなに嬉しいことは無いわ。あなたの方こそ」

 ルシンダがそう言いかけた時、ドラグナージークは彼女の唇に自分の唇を重ね合わせたい衝動に駆られた。が、こらえて捨てた。

「君は綺麗だ。君を尊敬している。竜乗りとして、人として。私もこの暮らしには眩しいぐらいだ。尊敬できる人の側にいることができる」

 ドラグナージークはルシンダの目を見詰めながらそう述べた。建前なのか本心なのか、自分でも分からなかったが、まだキスする仲では無い。

 ルシンダは少し驚いたような顔をしたのち、ニッコリ笑った。

「ありがとう、ドラグナージーク。お酒買って来たから、家で飲みましょう」

「それはありがたい」

 二人は帰途についた。



 2



 カーテンは閉め、暗い部屋の中に細いルシンダの息の音を聴きながら、ドラグナージークは考えていた。ルシンダほどの女性ならこの世に複数人はいるだろう。同時に私のような人間だっているはずだ。そんな中から私とルシンダを引き合わせたのは竜の神のお導きなのでは無いだろうか。寝るといつも夢に見る黒い竜のことを思い返す。そして一つの疑念を抱いていた。

 あれは本当に神竜の末裔だったのだろうか。竜教に疎いベルエル王国がその圧倒的な身の丈から勝手に神竜だと思い込んでいたのはでは無いだろうか。何せ、私でさえ、その姿を見た途端に鵜呑みにした。

 しかし、あのような暴竜が神の末裔だとは到底思えない。あれは目覚めさせてはいけない破壊の竜なのでは無いだろうか。そんな伝説は無いが、この大地にはまだまだ未知なる竜がいると思う。神竜も勿論だ。

 ドラグナージークはベルエル王国騎士団をバラバラに裂いたあの光景と、圧倒的な翼の起こす風の音色を思い出す。眠る度に思う。私はあの竜が怖かった。

 だが、終わったことだ。ならば毎日夢に現れる光景の意味はなんだろうか。

 本当は終わっていないのでは無いだろうか。剣で首を貫き、マグマの中へと落としたが、あの竜は火山の灼熱で溶けて骨となっていないのではないだろうか。

 今夜もこれからも夢に見るその理由には訳があるのかもしれない。

 ドラグナージークは目を閉じた。そのまま眠りに入り、彼の頭の中ではやはり黒い竜を討った時の光景が夢となって現れたのであった。

「君は何者だ?」

 だが、今回の夢は違った。王国騎士団が裂かれ、一対一となった時に、ドラグナージークはそう尋ねていた。

「我が眠りを妨げるとは愚かなり、人間よ。名を聴いて後悔するが良い! 我こそは破壊神なり!」

 その言葉を聴いた瞬間、ドラグナージークはがばりとソファーから身を起こしたのであった。

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