第19話 刺客再び
ルシンダは地道に己を鍛えていた。腕立て伏せ、素振り、ドラグナージークとの模擬戦。よく、ここまで続くものだと感心した。
「どうしてそんなに頑張るんだ?」
ある日のドラグナージークの問いに彼女は旧式のグレイグバッソを見せて言った。
「これに振り回されない身体にならないと、ピーちゃんにだって、あなたにだって迷惑を掛けるわ」
ドラグナージークはその答えを聞き、己を恥じた。オルガンティーノがこの剣を託そうとした時に、私は自分の戦い方が変わるのが嫌でそれを断った。建前として自分には間に合っていると言ったのは、今にして思えば嘘だったのかもしれない。だが、目の前の彼女は変わる環境に適応しようと努力を止めない。その姿がより美しかった。
ドラグナージークは近頃はこうしてチャーリーの武器屋の屋内演習場を借りて二人で鍛練に励んでいた。
出撃も普段通りの巡回を終え、ルシンダの歌う店で酒を飲み、そうして帰途につく。
そんな平和な日々が以前の緊張感をすっかり忘れさせていた。
夜道で、前方に二人、後方に三人、ドラグナージークは挟まれていた。そうだった、私は刺客に狙われていたのだった。
そういえば、ルシンダも。殺意に満ちた短剣の刃を月明かりが照らした。
ドラグナージークはグレイグバッソを引き抜いた。
「物騒ですね。こんな夜更けに暗殺とは」
その声は左側から聴こえていた。鉄仮面で顔を隠してはいるが、服は見覚えのある司祭の服だった。その影が右側の腰の辺りで動き、槍が出現した。ドラグナージークはまさか、噂は本当だったのかと驚いていた。
「ドラグナージーク、私の名はそうですね、仮面司祭。あなたとこの町に味方をする者です」
仮面司祭はそう言うと、ドラグナージークに背を向け、後方三人と視線をぶつけた。
「ルシンダの方は、アレンが行きました。この者達は、あなたへの個人的復讐と、竜乗りを殺すためにやってきたのです」
影が一斉に襲い掛かって来た。
ドラグナージークは静かな殺意に満ちた短剣を避け、一人斬り、残る一人と向き合っていた。
だが、驚いたのは仮面司祭だった。短い槍を次々突き出し、暗殺者に手を出させる前に仕留めて行く。
「ドラグナージーク!」
仮面司祭に名を呼ばれ、ドラグナージークは我に返った。
残り一人が滑るように距離を詰めた。
手練れている。
刃が顔を掠め、ドラグナージークは剣を振るうと見せかけて膝蹴りをした。だが、影は器用に避けてささっと距離を取ると背中を見せて遁走した。
「彼らが報告に戻っても戻らなくても、刺客達は帝国の目をすり抜けてやってくるでしょう。さぁ、この場は私に任せてルシンダの方へ行って御上げなさい」
「分かった。ありがとう、プワブロ!」
「仮面司祭ですよ」
相手は小さく笑って頷いて応じた。
2
ルシンダの家に着くと、外にはアレンとルシンダが立っていた。黒装束の亡骸が四つ転がっていた。
近所の者らは幸い寝ているらしい。
「ドラグナージーク」
ルシンダが言って駆け寄って来た。
「ルシンダ、無事で良かった」
「あなたの方こそ。でも、アレンが助けに来てくれなかったら危なかったわ」
そのアレンはこちらを見た。
「二人は竜乗り。だから狙われる。特にこのガランは性も血筋も別だけど、優秀な竜乗りに恵まれている。だから標的にされるんだ」
そういうとルシンダの家の開け放たれた戸口から差す灯りがアレンのウインクするさまを映し出した。
「ねぇ、アレン。助けてくれてありがとう。だけど、そんなに強いなら物乞いじゃなくても兵士として充分やっていけるわよ」
「グフフ、俺は物乞いのアレンの方が性に合ってるよ。ここの人達は慈悲深いしね」
アレンはどうやら帝国の密偵だとは伝えていないようだった。ならばドラグナージークもいうつもりは無かった。
「だけど、狙われてる二人がバラバラなのはちょっと不味いかな。二人とも充分、強いんだし、これからはずっと一緒に居なよ」
「え? それって」
ルシンダが言うとアレンは答えた。
「さぁ、家に入って。外の処理は俺に任せてさ」
「アレン、お礼を」
ルシンダが出ようとするとアレンは答えた。
「今度、ドラグナージークから貰うよ。二人とも仲良く暮らすんだよ」
アレンはそういうとドラグナージークとルシンダを押し込んで扉をゆっくり閉めた。
ドラグナージークは竜のぬいぐるみや、ファンシーな柄物に囲まれた部屋を見ていた。
「どうする? これからここに住む?」
ルシンダは顔を髪の毛よりも真っ赤にして伏し目がちに尋ねて来た。
「いや、しかし……うーん」
ドラグナージークもいきなり同居しろと言われても困ったものであった。
「俺は今夜はアレンとは別の人間に助けられた。確かにアレンの言う通り、俺達が纏まっていた方が神出鬼没の敵に対しては対処しやすい」
「それは……そうよね。こっちもあなたと一緒だったら自分達だけで戦えた」
二人は沈黙した。
「あなたは岩窟亭に泊ってるわけだし、来るならここしかないわけだし……」
「まぁ、そうだな」
ドラグナージークはルシンダと共に住める自信が無かった。ルシンダを愛し慕っている。だが、段階としては性急過ぎないだろうか。
二人は見詰め合い、共に頷いた。
「じゃあ、今日は泊って行って。明日、あなたがここに荷物を持って来れば良いわ」
「世話になる」
「ああ、でも掃除しなきゃ。ぬいぐるみもしまわないと」
慌てるルシンダの手をドラグナージークは掴んだ。
驚いた顔でこちらを振り返る彼女に向かってドラグナージークはかぶりを振り言った。
「このままで良い。竜に囲まれて素敵な家じゃないか」
するとルシンダはドラグナージークの手に手で触れる。ドラグナージークが手を放すと彼女は微笑んだ。
「ありがとう」
そうして夜が明ける前にはルシンダの家から灯りは消えたのであった。
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