第18話 希少種との遭遇
横殴りの雨が止み、ガランの町を下に、ドラグナージークとルシンダは大声を少し落としてようやく会話が通じるようになった。
お互い、甲冑の下は雨では無く汗で濡れている。だが、巡回はまだ終わっていない。
ラインとピーちゃんはすっかり仲良くなったようだった。ピーちゃんの訴えるような鳴き声にラインは小さな低い声で応じていた。
「何の話をしているのかしら?」
ピーちゃんの上でルシンダが問う。
「お互いの主の素行かもしれないぞ」
「竜が好む香水なんてあるらしいけど、つけた方が良いのかしら?」
「君に香水は必要ない」
ドラグナージークは思わず口を滑らせた。
「それはどういう意味?」
ルシンダは怪訝そうな顔をした。
「主のにおいが一番好きだろう。特にピーちゃんは君に懐いている。いきなり香りが変わったら驚かせてしまうぞ」
「まぁ、確かに」
ルシンダは歯切れ悪く引き下がり、ドラグナージークは安堵した。彼はルシンダの汗のにおいが好きだったからだ。
そのまま領空内を回っていた時だった。
前方、帝都方面から大きな影が見えた。
「何か来るわ」
ルシンダが手綱を握り直す。
「体躯の方は四メートルほどか。ロック鳥の若鳥かもしれないぞ」
ドラグナージークの予想は惜しいところであった。だんだん姿をあらわにし、猛スピードで飛び去って行ったのは、ロック鳥と同じ紫色だった。しかし、竜だったのだ。鼻の上に一本の大きな角と、耳から背中に掛けてレッドドラゴンと同じように二本の角が伸びている。
「アメジストドラゴン?」
ルシンダが息を呑むように言った。
その通りだった。雷の申し子と呼ばれるアメジストドラゴンであった。火炎や毒の変わりに凝縮された雷を放つ。珍しい上に戦闘向きの暴れ竜であった。そのまま見送るつもりだったが、後を追っているのだろう。竜乗りらの影が五騎ほど見えた。
「そいつを止めてくれ! 皇帝陛下の命令だ!」
先頭の竜乗りが叫び、ドラグナージークは素早く反応した。
ラインよりも小柄なアメジストドラゴンは、進路を塞がれ、さっそく、口の中に雷電撃の影と鋭い音を響かせていた。
合流したのは帝国の正規兵の竜乗りであった。レッドラゴン三騎、フロストドラゴン、フォレストドラゴンが一騎にそれぞれ跨っている。
「町の守り手よ、我々に力を貸してくれ」
先頭のレッドドラゴンに跨る騎士の若々しい声が面頬の下から聴こえた。
電撃の塊が飛んだ。凄まじい速度であったが、ドラグナージークは慣れていた。ラインをサッと横に操り吐かれた雷光は遠くへと姿を消した。
「捕まえてどうするの?」
ルシンダが尋ねる。
「皇帝陛下の戦力とする。敵国に奪われれば厄介なことになる」
先頭の竜乗りが言うと、彼らは散開し、アメジストドラゴンを囲んだ。
そして一斉に網を掛ける。
網は五重にもなり、アメジストドラゴンを捕らえた。
だが、当然アメジストドラゴンは抵抗する。それぞれの竜に結わえた網の先端があちこちに引っ張られ、竜乗り達は揺られながらも自分の竜達を叱咤激励していた。
暴れながらも断続的に雷光は走り、ドラグナージークとルシンダは遠巻きにして様子を窺っていた。
「麻酔を!」
竜乗りの一人が声を上げる。ボーガンを手にした竜乗りが照準を合わせ始めた。
短い音がし、そして鈍い音と共にアメジストドラゴンの背に鉄の矢が突き立った。
このまま五分経過したが、アメジストドラゴンは眠りに落ちる気配が無かった。相変わらず暴れ出し、プラチナ色の電撃を四方八方に飛ばしている。
「麻酔、もう一本!」
竜乗り達はそれぞれ手綱を掴みながらアメジストドラゴンの力で左右に大きく揺らいでいた。小さくともアメジストドラゴンの力は強かった。
「待て! これ以上は死なせてしまう危険性がある!」
ドラグナージークは思わず割り込んだ。竜を眠らせる麻酔は即効性で強烈なものであることを知っていたからだ。暴れん坊でも、この小さな身体では負担が大きいだろう。
「しかし、暴れて!」
竜乗りらが必死な態度で言った。
「もう少し、待ってみよう」
ドラグナージークはそう提案した。竜乗り達は顔を見合わせた。こちらを向いた。
「分かった、待とう。皆、気を緩めるな!」
竜乗りらが覚悟を決めてくれた。さすがは竜教を信仰する帝国だけのことはある。
アメジストドラゴンに異変が起きたのは更に五分後だった。急に大人しくなり、抵抗もさほどしなくなった。そうして完全に動かなくなり、下へ落ちた。竜乗りらが網に入ったままのアメジストドラゴンを吊るしたまま、こちらに向き直った。
「ありがとう、あなたの意見が無ければ我々はこの竜を殺してしまったかもしれない」
「お役に立てたのなら良かった」
「では、さらばだ」
竜乗り達がアメジストドラゴンの身体を網で下げながら方向を変えて去って行った。
ルシンダが寄って来た。
「あなたが竜について詳しくて本当に良かったわ」
「何度か生け捕りの手伝いを頼まれたことがあったのでね」
ドラグナージークが言うと、ルシンダが少々悲し気な顔を浮かべた。
「私とピーちゃんの時は、ピーちゃんは私の歌を受け入れてくれた。今回ももしかしたらと思ったけど」
「出なくて正解だ。アメジストドラゴンは逃れるのに必死で、君まで傷つけていたかもしれない」
「でも、何か悲しいな。竜と共存できてるようで、実はそうじゃ無いみたいに思えて」
ルシンダの意見は尤もだ。今が最高の時代だとかつて思っていた自分が愚かしく思えた。まだ人と竜との本当の心の通い合いはできていない。時には殺し殺されしている。
「さぁ、他の見回りをしましょう!」
「そうしよう」
ルシンダの声は、まるでこちらの心の意図を見抜いて励ましてくれたようにも思えた。こうしてガランの町上空に再び静けさが戻ったのであった。
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