第17話 修練の日々

 ドラグナージークは完全に立ち直っていた。罪が許されたとは思っていない。だが、それでも前を向ける理由がある。それはルシンダとピーちゃんを鍛えることだった。

 驚くことにルシンダは遠慮していた旧式のグレイグバッソを持つことに決め、今、その手にある。ピーちゃんの体勢を水平にし、ラインに寄せて体当たりを仕掛け、手綱から手を放して、その剣を振り下ろしていた。

 ドラグナージークもその一撃を受けながら、腕に痺れが走るのを感じた。女性と言っても、自分よりも前からこの町を守護してきた戦士、ルシンダには不似合いかもしれないが彼女は古強者であった。

 そのまま両者は鋼を打ち慣らした。そうしてルシンダが剣を振り上げた時、ドラグナージークはピーちゃんに飛び移り、ルシンダの背後を一瞬で取った。

「参ったわ」

「その剣に慣れるまでの辛抱だ」

 するとピーちゃんがドラグナージークに抗議するように甲高く鳴いた。

「悪かった」

 ドラグナージークはラインに飛び移った。

 ルシンダの弱点は旧式のグレイグバッソの重さにピーちゃんの背では踏ん張りが利かないことであった。振り上げるだけで実はよろめいている。打ち合う際も隙だらけだったが、ドラグナージークはルシンダに感覚を取り戻して貰うために、わざと剣の速度を落として打ち合っていた。

「ドラグナージーク、もう一本」

「手綱から手を放したままで大丈夫か?」

 ラインやベテランの乗り手と心が通じ合う竜は、落下した主を追いかけて背に乗せるという芸当を簡単にやってくれる。だが、ピーちゃんは野生の時期が長かった。ピーちゃんはルシンダを愛しているが、そこまで成長できたのだろうか。

 とは言っても、ルシンダがその剣を選んだ以上、両手で得物を操るしか道はない。

 ドラグナージークもまたルシンダを気遣いながら、油断せず修練を続けていた。

「よし、ピーちゃん! 体当たりよ!」

 ルシンダが手綱と剣を握りながら頼んだ。

 ピーちゃんは甲高い声で愛らしく鳴きながらドラグナージークの乗る竜、ラインに迫る。

「ライン、来るぞ。防御態勢だ」

 ドラグナージークは手綱を片手で掴み言った。もう片方は剣を握っている。

 ピーちゃんがぶつかって来た。ラインは軽く揺れた。ドラグナージークも幾らラインの上とは言え、地面とは違うので足元が覚束なくなった。そこへ向こう側からルシンダが乗り移って来た。

「ドラグナージーク、覚悟!」

 重たい両手剣がドラグナージークのグレイグバッソにぶつかる。やはりルシンダは剣の重さに負けてはいるが、力がある。ドラグナージークは面頬の下で微笑み、剣を幾度も受け続けた。

 ルシンダは跳んだ。竜の背で跳び、大上段からの一刀両断を仕掛けて来た。

 予想外の大胆さにドラグナージークは慌てて剣を防御した。甲高い音が鳴り響き、火花が散る。

 そのまま競り合いに入るが、個の力ではドラグナージークの方が上だった。

 厳しい表情で挑むルシンダを押した。ルシンダはよろめいて、落ちたところをドラグナージークが血の気の引く思いで飛び出し手を取った。

 二人は溜息を吐いた。宙吊りのルシンダはそれでも左手に剣を握っていたのはさすがだ。並の乗り手なら落とすところである。

 ドラグナージークは感心し、彼女を引き上げた。

 ピーちゃんはやはりまだ来なかった。まだまだ訓練と絆を深める必要がある。ルシンダなら容易いことだろう。

「斬られるかと思ったよ」

「斬るつもりで挑んだもの、当然よ」

「それは確かにそうだな。真剣を帯びての修練だ」

「そういうこと。あなたは私よりも少しだけ強いんだから。でも油断はしないように」

「肝に銘じるよ」

 ルシンダはピーちゃんに飛び移った。

「ルシンダ。ピーちゃんに見せるために、俺とラインが見本になろう」

「分かった、ピーちゃんと見てる。けど、何をする気?」

「こうさ」

 ドラグナージークはラインから跳び下りた。

「ドラグナージーク!」

 ルシンダの驚く声が聴こえた。しかし、ラインがすぐさま追いつき、ドラグナージークは何も無様な事も無くその背に降り立っていた。

 ドラグナージークはルシンダ達の前に上昇し、言った。

「君の剣は両手持ちだからな。手綱は無いと考えるべきだ。ピーちゃんには頑張ってこれを出来て貰わなければ困る」

「え、ええ」

 ルシンダが少しだけ青褪めた。

「大丈夫だ、ピーちゃんが理解するまでラインで試そう」

「分かった」

 ルシンダは生真面目な表情で頷いた。

 彼女がラインに飛び移り、ドラグナージークは手綱を両手に握った。

「回転するか? それとも自分で跳び下りるか?」

「簡単に言ってくれるわね」

 ルシンダは次の瞬間跳び下りた。ドラグナージークは慌てた。何故なら、ここまで早く決断するとは思ってもいなかったからだ。

「ルシンダ!?」

 ラインを急降下させる。だが、その間に割って入り、ルシンダに背を預けた竜がいた。

「ピー」

 フォレストドラゴンは得意気にそう鳴いた。急降下していたドラグナージークは慌てて手綱を操りフォレストドラゴンを避けさせた。そして速度を落とし、地上へ下りる。

「ドラグナージーク! 見た!? ピーちゃんが!」

 同じく着陸したルシンダが嬉しそうにピーちゃんの背から下りて来て言った。

「ああ、見たとも。ピーちゃんとの絆はかなり深いようだな」

 未だゾッとする緊張は抜けきれないが、ドラグナージークは感心していた。

 ピーちゃんが高らかに誇らしげに鳴いた。

 ルシンダはピーちゃんの頭を抱いて撫で回していた。

 ドラグナージークはその姿を見て、ようやく平常心に戻れた。そしてピーちゃんが早くも戦力になれる様子を見せたことに安堵した。いつ、また召集されるかは分からない。町を自分が空けている間はルシンダとピーちゃんに任せるしか無いが、その判断ももうついた。二人になら任せられる。ルシンダがもう一度試したいと言い出し、ドラグナージークは彼女の肝の太さに笑って共に空へ上がったのであった。

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