第16話 ルシンダと共に
酒場は大盛況のようだった。ドラグナージークが扉を開けると、ちょうどルシンダが段から下りて来るところであった。
二人は一瞬見詰め合った。そして向こうから微笑んで来た。
ドラグナージークは奥の席に着くとワインを頼んだ。
ルシンダが歩み寄って来る。ドラグナージークは何故だか、気恥ずかしく思い、ルシンダの方を凝視するのに力が必要だった。
「おかえり、ドラグナージーク」
「ああ。ただいま」
夜の酒場の喧騒の中、二人だけは別の世界にいるようだった。
「竜に乗ってくれたと聴いた」
ドラグナージークは勇気を出してそう訊いてみた。
今度はルシンダの方が気恥ずかしそうに笑むと頷いた。
「町のみんなが押し掛けて来て、何事かと思っちゃったわ。でも、嬉しかった。あなたは知っていただろうけど、私は空を飛びたかった」
「良かった」
「ありがとう。町長から旧式のグレイグバッソを渡されたわ。私もピーちゃんもあんなもの振るえる程じゃないから断ったけど」
「ピーちゃんの調子はどうだ?」
「素直よ。教えなきゃいけないことはたくさんあるけど」
「君に教わるだなんて羨ましいな」
ドラグナージークが言うと、ピアノが鳴り始めた。
「行かなきゃ。どうぞ、ごゆっくり」
ルシンダは歩み去ると、段に上がり、激しい情熱的な歌をピアノに合わせて歌い始めた。
歌姫のルシンダも輝いている。明日が楽しみだ。
その頃になって疲れが押し寄せ、ドラグナージークは席を立った。
去り際、ルシンダが歌いながら隠れて手を振ってくれた。
2
翌朝、食事を終えたドラグナージークは足早にテリーの竜宿を訪れた。
竜舎にはラインとフロストドラゴンがいるだけで、ピーちゃんの姿は無かった。
「ルシンダなら、竜の調教に出たぞ」
「何となくそんな気はしていた」
「お前も行くと良い」
テリーに言われ、ドラグナージークは決意を固めることができた。本当はルシンダの邪魔になるかと思い遠慮していたのだ。しかし、それは建前で、本音は昼前に竜宿に赴いた通り、ルシンダのいる空の様子を見たかったのだ。
「そうする」
ドラグナージークはラインを呼び、竜舎から出すと、そのまま竜宿を後にし、町の者達に歓迎されながら外を目指した。
ちょうど昼になり門番のマルコらが休憩に入るところに出くわした。
「やぁ、ドラグナージーク。ルシンダなら上だよ」
「ああ」
「良かったな」
「ありがとう」
ドラグナージークは霞の様に見える一体の影が空を行き来するのを見て、ラインに跨り、飛翔した。
ルシンダの声がだんだんはっきりと聴こえて来る。
「そう、いい子ね、ピーちゃん」
「ルシンダ」
同じ高度に達し声を掛ける。
ルシンダは鉄の鎧に、鉄兜に身を覆い、腰には剣を帯び、大盾とボーガンを背中に掛けていた。
「ドラグナージーク」
ルシンダは嬉しそうに名を呼んでくれた。そして竜を寄せて来る。ラインとピーちゃんは互いに挨拶を交わしてた。
「昨日は言い忘れたけど、ありがとう。あなたが町長に掛け合ってくれなかったら、私はあなたやみんなを恨んで、一生空に戻ることは無かったと思う」
「良いんだ。もとはと言えば私が君の居場所を取ってしまったのだから。責任は私にある」
ルシンダは微笑んでかぶりを振った。
「もうお互い謝ったりするのは止めましょう」
「そうだな」
昼は甲冑、夜はドレス。どちらのルシンダも美しかった。
「ついでだから領空を見て回らない?」
「分かった、そうしよう。ライン」
ドラグナージークは帝都のある南側へと進路を向けた。ピーちゃんが隣に並び、ルシンダが手綱を握っている。
「少し離れただけで、手綱無しじゃ怖く感じるようになったみたい」
「徐々に慣らして行こう。君なら上手くいくさ」
ルシンダとの飛行は楽しかった。
だが、進路を北東へ向けた時、大きな影がこちらへ向かって来るのを見た。
「竜?」
「まだ分からないが、離れて」
不慣れなピーちゃんを気遣い、ドラグナージークが言うとルシンダは従い距離を開けた。
程なくしてそれは怪鳥だということが分かった。
「ロック鳥なんて久しぶりね」
呑気に言うルシンダだが、身構えていた。
二人はロック鳥に道を譲った。紫色を貴重とした毒々しい羽毛を靡かせ、巨大鳥は甲高い鳴き声を上げて二人の前を通り過ぎて行った。
「ん? 北東?」
ドラグナージークは山奥の村の方角であることを知り、林業の伐採でロック鳥が住む場所を失ったのだと考えた。
だが、山奥の村に木を切るのを止めろとは言えるわけが無かった。そうしなければ山奥の村の生活が成り立たなくなる。
「そろそろピーちゃんはお昼ご飯だから先に戻るわね」
「分かった」
ルシンダが降下を始めた時、ドラグナージークは言った。
「ルシンダ、君と空を飛べて本当に嬉しい」
「私もよ、ドラグナージーク」
二人は一瞬見詰め合い、そしてルシンダは地上へ戻った。
ピーちゃんが一人前になるまではルシンダは戦いには出せないだろう。だが、それでも戻って来てくれて本当に良かった。
ドラグナージークは思わず剣を掲げて喜びを現していた。
そうだった、ウィリーとの打ち合いで、刃が鈍って無いかギルムに見て貰おう。巡回が終わってからな。
ドラグナージークは他の方角を一回りし、異常が無いことを確認すると、地上へと下りたのだった。
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