第15話 竜を殺した竜乗り

 あるいは俺は悲壮なふりをしながらその勇名と成果に酔っていたのかもしれない。いや、違う。断じてそんなことは。

 巨大な黒い竜の背に飛び移り首を剣で刺し貫いた。熱い熱い血が降りかかる。これは黒い竜の呪いでは無いだろうか。

 敵の領空侵犯が無くなり、補充要員も来たので、ドラグナージークとヴァンは一旦御役御免となった。

「あばよ、ドラグナージーク。また会おうぜ」

 ヴァンは己の竜の上からそう言い南の帝都方面へ飛び立って行った。

「ライン」

 ドラグナージークも背に飛び乗り、しばらく身を置いた関を下に眺め、ガランへと飛んで行った。



 2



 門番マルコに迎え入れられ、民衆はドラグナージークの帰還を喜んだ。ドラグナージークは、手を振り微笑み、声を交わしてテリーの竜宿へと赴いた。

「テリー、ラインを頼む」

「ああ、勿論だ」

 背のしっかりした竜についての生き字引はそう述べると鞍と鐙を外し始めた。

「国境はどんな様子だ?」

「一人、侮れないのが敵にいるが、しばらくは飛ばないだろう」

「……そうか」

「ああ。では」

 ドラグナージークが歩み出すとテリーの声が背に届いた。

「竜は傷が治るのが早い。そして強健な生き物だ。そう心を病むな」

 ドラグナージークは、立ち止まり右手を上げて振り返らずに竜宿を後にした。

 もう、夕暮れなのはありがたい。今日は早く眠りたい気分だ。

 ドラグナージークは、宿へと向かった。「岩窟亭」という贔屓にしている宿だ。食事も出るしベッドは柔らかい。

 階段を上がり、自分の部屋へと入る。

 殺風景では無いが、寂し気な部屋に思えた。ルシンダの家には竜のぬいぐるみや柄物が多かった。ドラグナージークは兜を脱ぎ、甲冑を外すと、ベッドに仰臥した。

 暗い天井にルシンダの顔を思い浮かべる。ピーちゃんとじゃれ合う姿は彼女が竜が好きなことを否応なく証明している。

 例えば、私が竜傭兵を辞めると言ったらルシンダは何と言うだろうか。

 眠たい気分が不安なものへと変わった。ドラグナージークは身を起こし、剣だけ携えて部屋を出た。



 3



 夜の街はまだまだ賑やかだ。この平和を守るのが竜傭兵の役目だが、竜を傷つけて良い口実とはならない。

「グフフ、探しているのはプワブロ司祭かい? それともルシンダかい?」

 気配も発せず背後からアレンの声がし、ドラグナージークは言った。

「プワブロ司祭だ」

 振り返り、闇に紛れた物乞いに身をやつしている帝国の密偵に銀貨を払う。

「司祭様ならまだ教会にいるよ。だけど、そろそろ教会を閉めるかもしれないね」

「ありがとう」

 そうしてドラグナージークは歩み出す。

 教会は町の静かなところにあった。司祭はちょうど外で施錠していた。

「プワブロ」

「やぁ、ドラグナージーク」

 司祭は温和な笑みを向けて来た。

「告白したい」

「ええ、では教会を開けますので」

「いや、誰に聴かれても構わない。聴いて欲しい」

 ドラグナージークはむしろ誰かに聴かれ、竜を傷つけた竜乗りだと密かに蔑まれる方が良いのでは無いかと思った。

「罪悪感に我を忘れてはなりません」

 プワブロは教会の鍵を開けると、中へと入り、祭壇の燭台に火を灯した。

「すまない」

 ドラグナージークは祭壇まで伸びる真紅の絨毯の上を数歩歩くとそう述べ、あっと思い出して扉を閉めた。

「では、あなたの罪をあなたの父なる竜の神へ告白なさい」

「私は……殺してはいないが。竜を傷つけてしまった。私の油断と、竜の忠誠心を甘く見ていた。その結果、その竜は深い傷を負ってしまった。私も知ってはいるしテリーも言ったが、竜にとっては軽傷に他ならない。だが、私は」

 自責の念がドラグナージークの心を揺り動かした。荒ぶる波のように、噴煙を上げ今すぐ火を噴き出す火山のように。しかし、ドラグナージークは、三度息を吸い、吐いて、心を僅かにでも落ち着かせた。

「私は竜を傷つけたくはなかった。王国の火山にいた神竜の末裔を殺すだけの罪に止めたかった。だが、私が殺し、あるいは傷つけたことには変わりは無い。竜は素晴らしい愛情ある生き物だと言うのに……長くなった。以上だ」

「竜の神よ、この者の罪を許したまえ。そして名誉を取り戻す機会を与えたまえ」

 プワブロが言い、彼は穏やかな笑みを浮かべた。

 ドラグナージークは、気分が少し晴れたようにも思えた。だが、本当に許されたのだろうか。金貨を一枚プワブロに渡す。

「ドラグナージーク、あなたは優しい方だ。神はそんなあなたを責めたりはいたしません。さぁ、ルシンダのところにでもお行きなさい。今の彼女は竜傭兵として復帰しました」

「何だって!?」

 ドラグナージークは驚いて声を上げた。

 プワブロは穏やかな笑みのまま頷いた。

「町の皆で謝罪に行ったのです。あなたが来るまで町を守ってくれていたのは間違いなくルシンダであったことを、皆は思い出し、心から謝罪したのです。あなたはこれからは彼女と並んで空を飛べますよ」

「嗚呼!」

 ドラグナージークは、腰が抜けてしまった。

「良かった、本当に良かった」

 手を差し出されゆっくり掴んで立ち上がる。ドラグナージークはプワブロに礼を言いたい気分に駆られたが、相手が促した。

「ルシンダは竜傭兵と歌姫の二つを張り切って行ってます。今宵は東の酒場にいるはずです」

「東の酒場か。よし!」

 ドラグナージークは、駆け出した。そして足を止め、プワブロに言った。

「告白を聴いてくれてありがとう。教会を開けさせる手間まで掛けさせてしまった」

 プワブロはかぶりを振った。

「夜道には気を付けて」

「ああ、では」

 ドラグナージークは、教会を竜の様に飛び出した。そしてそのまま息を切らしながら東の酒場を目指したのであった。

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