第21話 再び国境へ

 町長のオルガンティーノに呼ばれ、赴くと、皇帝陛下直々の命令で、ドラグナージークに出向いて欲しいとのことだった。

「いつもの小競り合いだとは思うが、無茶だけはしないでくれ」

 承諾すると、オルガンティーノはそう言った。

 町長の家を出て、ドラグナージークは竜宿へと向かった。

 ピーちゃんがいないのはおそらく空に出ているのだろう。そしてラインを呼ぶ前にドラグナージークはテリーに尋ねた。

「テリー、黒い竜について何か知らないか?」

 テリーは顔を上げ、首を傾げた。

「黒い竜は大昔は見られたらしいが、今ではアメジストドラゴンなんぞよりもずっと希少な竜だ。別名は暴竜とも呼ばれ、大昔の竜乗り達はこれを討った。だから、今は存在しているとは思えんが」

 帝国ではこれが常識らしい。一方、王国では黒い竜を神竜の末裔だとし、それを討ったドラグナージークを多くが称賛した。神を討った戦士。これは名誉なことなのかもしれない。だが、不思議なことに王国でのこの出来事は帝国には伝わってはいないのだ。あの竜乗りウィリーは知っていたようだが、機密事項として扱われているのかもしれない。恐らくは気位の高いベルエル国王が神を討つほどのまでの人材を何故引き留めることができなかったのか、一般にその器量の低さを知られるのが嫌だったのだろう。

「破壊神と何か繋がりがあったりはするか?」

 突然の物々しい問いにテリーはいささか驚いたように目を丸くした。

「そこまでは分からんが、何故急に黒い竜のことなんぞ訊くんだ?」

 誤魔化しても良かった。だが、テリーは竜を知る者だ。話しておきたかった。

「俺はベルエル王国に居た頃、黒い竜を討った」

「何と……」

 テリーは愕然としていた。

「黒い竜がいたのか」

「ああ、火山で眠っていた。それをベルエル王国が起こし、戦いとなった。テリーのいう通り、あれは暴れ竜だった。だが、王国ではあれこそ神の竜の末裔としていた。本当は生け捕りにするように王に命じられたが……二十メートルを超える巨体の前に、王国騎士団は全滅、俺は一人でこの暴れ竜を相手取らなければならなかった。殺したはずなんだ。首を貫き、奴は火口に落ち、マグマで溶かされて死んだはずなんだ」

 テリーは喉を唸らせると応じた。

「黒い竜を手懐けた者などおらんよ。お前さんがやったことは正解だ。そうでなければベルエル王国もこの帝国も暴竜の前に破壊と殺戮の限りを尽くされただろう。……破壊神か。そういう意味ではそうかもしれない。だが、お前さん、討ったのだろう?」

 テリーはのめり込むように身を乗り出して尋ねて来た。

「ああ。だが、私はあれから毎晩、あの時の出来事を夢に見る。そして昨夜見た夢で、私は初めて奴に問うことができた。奴の答えは己が破壊神だということだ」

「何と言ったら良いのか……。ドラグナージーク、お前さんはその黒い竜が生きていると思っているのだな?」

「ああ。その通りだ」

「これは一大事だが、いたずらに世を騒がせるわけにも行くまい。夢は夢だ。夢で奴が名乗ったところでそれも夢の一部だ。お前さんの悩める心が知らぬ間に限界を超えてしまったのかもしれない。王国とは敵対関係であるし、お前は姿が割れている。王国の火山へ確認しに行こうなどとは思うな。もし、運命が本当だった時に出ても遅くはない」

「本当に遅くは無いだろうか?」

「責任感が強すぎるのだ、お前さんは。そら、出撃して小競り合いを制して来い。お前さんの竜も待ちくたびれとるぞ」

 テリーが言うと、真ん中の竜舎でラインが顔を上げてこちらを見ていた。

「話を聴いてくれてありがとう。とりあえず、行って来る」

「ドラグナージーク!」

 テリーが呼んだ。ドラグナージークが振り返るとテリーは言った。

「黒い竜が生きていたとしても、冷たい様だが、それはベルエル王国の問題だ。お前さんが手出しする必要はない。お前さんの手が必要になれば、自然となるようになる。物事とはそういうものだ」

「分かった」

 ドラグナージークは頷いた。



 2



 何週間ぶりの国境では召集された竜傭兵らが六人、関の外にいた。

 どれも立派な竜だが、ヴァンの竜ほど大きいものはいなかった。

「よぉ、ドラグナージーク」

 ヴァンはすっかり打ち解けたように声を掛けて来た。

「やぁ、ヴァン。元気そうだな」

「ああ。お前は……うーん、少し元気が無いな」

「そう見えるか?」

「まぁ、竜乗りの勘だ。竜以外にはあまり当てにはならないさ」

 そこに関の上で望遠レンズを覗いていた見張りが声を上げた。

「竜が来る!」

「竜傭兵達よ、出撃せよ!」

 関の隊長が頭上の関の縁でそう命じた。

「敵には凄腕の戦士が乗っている、十メートルのフォレストドラゴンだ。油断するなよ!」

 ヴァンが竜傭兵らに言ったが、彼らはむしろ意気込んでいた。そいつを討ち止れば名が上がると。帝国の召し抱えになれるかもしれない。そんな野望を乗せて竜達は次々飛び立って行く。

「油断するなよ、ドラグナージーク。それと相手に何を言われようが気にしないことだ」

「ありがとう、ヴァン。分かった」

 ヴァンの竜が先に飛び、ドラグナージークは一番最後に飛び立った。

 激戦が始まるというのに、ドラグナージークの心は早くも乱れていた。テリーの言葉やヴァンの言葉だけでは、自分の意思を止められない。ドラグナージークは敵の竜乗り、ウィリーに接触を試みたいと考えていた。王国に異変は無いか。それだけ聴ければ充分だ。もし、黒い竜が生きていれば、ウィリーらも小競り合いどころでは無いだろう。

 前方に敵味方複数の竜の影と翼の風を孕む音、得物のぶつかる鉄の音色を聴いて、ドラグナージークも突撃した。

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