第22話 ウィリーとの会話

 空を埋める竜の軍勢は、互いに相手を見つけ、滑空したり体当たりしたり、あるいは近接戦で剣を打ち合ったりと様々だった。

 だが、ドラグナージークは見た。敵の竜乗りの増援が合流しようとしている。

 ドラグナージークはそのまま竜達を避けて、増援の真ん前に出ると止まらず加速する。

 増援五騎と接触する。

 一薙ぎで最初の兵を切り裂き、二つ目を体当たりで体勢を崩させ竜の背から落とし、三つ目を滑空し、錐もみ状になりながら竜の脇を掠めつつ、乗り手を一刀両断にした。四騎目は恐れを成した様に止まった。その後ろから探していた人物が現れる。

 十メートル級のフォレストドラゴンに跨った戦士ウィリーだった。

 四騎目は後方へ去り、ドラグナージークはウィリーと向かい合った。

「出たな、竜殺しの竜乗りの面汚しめ!」

 大音声でウィリーが言うと、ドラグナージークは叫んだ。

「ウィリー! 聴きたいことがある!」

「臆病者め、あの世へ行くのが恐ろしくなったか!?」

「違う! 黒い竜のことだ!」

「黒い竜だと、それは貴様が殺した神竜の末裔のことか!?」

「そうだ! あれは今も火口の底に眠っているだろうか!?」

「何を言うかと思えば、それは貴様自身が見届けたことではないか!?」

「帝国では、黒い竜は神竜では無いと伝わっている!」

 ウィリーが驚いたのか押し黙った。

「ならば、貴様が殺した竜は何と言われている!?」

「帝国では、暴竜として伝わっている! 人間を踏みにじり暴威を振るった竜。それが黒い竜の正体だ!」

「馬鹿な、ベルエル王国では黒い竜はやはり神竜だと伝わっているぞ!」

「やはりそうか。剣を交えた者として言う! 彼の竜は恐ろしい相手だ! 話の通じない、正に帝国に伝わる暴竜に他ならなかった!」

「貴様はそうやって時間稼ぎをするつもりだな! 帝国の伝承などどうでも良いこと! その国によって都合良く書き換えられ伝わっているのだ! 話は終わりだ、ドラグナージーク! 今日こそ貴様を殺し、黒い竜への捧げ物とする!」

 ウィリーが迫って来た。フォレストドラゴンの大きな翼が重く風を孕む音が木霊する。

「ぬあああああっ!」

 ウィリーの竜が体当たりを仕掛けて来た。

 ドラグナージークは避け、通り過ぎるウィリーを追走した。

「ウィリー!」

「この期に及んでまだ喋りたいのか!?」

「ああ! 一度で良い、火口の見張りを厳重にしてくれ」

「何だと!? まるで黒い竜が生きているとでも言うのか!?」

「その通りだ。奴は私の夢の中で破壊神と名乗った。もしかすればマグマの中に隠れ潜んでいるだけのことかもしれない!」

「何かと思えば、夢の中でだと? はっ、そんなに俺と戦うのが怖いのか!?」

「まず、被害が出るとすればベルエル王国だ。残念だが、帝国は手を貸せない。だが、俺なら手を貸せる!」

「占い師にでもなったつもりか? 軟弱者め! 貴様の言は我が得物の錆になるまいとする芝居そのものだ! 見苦しいぞ、ドラグナージーク!」

 ウィリーの竜が再び突進してきた。

 近接して呼び掛けるほかない。

「ライン、耐えろよ」

 次の瞬間にはウィリーの突撃をまともに正面から受け、ドラグナージークは手綱を掴んで少しよろめきラインの背で足を踏ん張らせた。

 ウォーハンマーが頭上を通り過ぎる。巨眼を剥き出しにしたウィリーがそこにいた。

「今度は負けぬ!」

「ウィリー、もう一度、火口を確認してくれ」

「何度も聴き飽きた! 出頭ついでに貴様が火口に落とされてその命と引き換えに見てくれば良いだけのことだ!」

「言ったからな、ウィリー」

 ドラグナージークはそういうとグレイグバッソを振りかざした。

 ウィリーの重たいウォーハンマーを剣は受け止める。

 競り合った、そして離し、再びぶつける。

「はっ!」

 ドラグナージークはウィリーの竜の背に飛び移った。

「この野郎! 俺の竜の上から出て行け!」

 ウィリーの怒りの一撃をドラグナージークは、飛び退いて避けた。ウィリーは自分の竜を傷つけそうになる寸でのとこで留まった。

 だが戻すのも速かった。降伏させ、再度火口の守りを固めるように言おうとしたドラグナージークはその面頬を剥がされた。

「ちっ、顔ごと抉る予定だった」

「ウィリー、お前だけが頼りだ」

 するとウィリーは苦虫を噛み潰した顔した。惑っている。迷っているのだ。

「だが、あの気位の高い王陛下が許可するかどうか」

「王に内密でやれば良い」

「貴様は外野の分際だから気が楽で良いな」

 ウィリーが言い、彼は頷いた。

「竜傭兵に金を配って見張らせよう」

「ウィリー、聞き届けてくれるか?」

「もしも、黒い竜が神竜ならお前に同行した騎士団を壊滅させたりはしなかったはずだ。それにお前の呼び掛けにも応じたはずだ。俺の竜から下りろ。今回は撤収してやる。どうやら小競り合いもこちらの敗色が濃厚なようだからな」

 ドラグナージークがラインの背に戻るとウィリーは笛を吹いた。

 敵の竜傭兵らが戻って来る。追撃しようとヴァンらが飛び出すのを見て、ドラグナージークは急いでその前に立ち塞がった。

「追うな」

「何故だ?」

 一人の竜傭兵が尋ねて来る。

「俺が頼んで撤収して貰ったからだ」

「何だと? 貴様、この好機を無駄にした代償はデカいぞ」

「何とでも言え、だが、ここから先へは通せない」

「これが、ドラグナージークか。呆れたもんだぜ。臆病者の癖に偉そうな名前だな」

 竜傭兵らは悪態を吐いた後、砦方面へと引き返して行った。残ったのはヴァンだが、彼もまた不満そうだった。

「ウィリーと何を話していた? 奴に唆されたのか?」

「いや、違う、逆だ。私が唆した。ウィリーには極めて重要なことを伝えて置いた」

「お前には考えがあってそうしたのは分かるが……」

「ヴァン関へ戻ろう。隊長に釈明して、私は私自身の処分を待つ」

「もう一度、尋ねるぞ、一体何を話していた?」

「夢の話だ。黒い竜の夢だ。毎晩見る」

「ベルエル王国にいた時にお前が斃した神竜の末裔か?」

「ああ。奴はこちらでは暴れ竜と呼ばれ、つい最近の夢の中で自らを破壊神と名乗った」

「破壊神とはな……」

 ヴァンは笑わなかった。

「分かった、そんな話をされればウィリーだって戦う気が削がれるだろう。地上部隊が出る前に終わりに出来たんだ。俺が弁護してやる」

 ヴァンが言い、ドラグナージークは頷いた。

「戻るぞ」

 ウィリーはしばらく出て来ないだろう。奴のような猛者が引っ込む事態となれば、帝国側には有利なこと。その機を逃させるためにドラグナージークは言い訳を考えながらヴァンの後に続いたのであった。

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