第23話 牢獄
冷たい石壁に周囲の薄暗さ。夜目がようやく見たのは鉄格子だった。
鎧兜と剣や持ち物を没収されたドラグナージークは、今、国境の関所の牢獄にいる。内通を疑われているのだ。簡易的なベッドも無く、粗末な絨毯すらないこの底冷えする箱の中でドラグナージークは、ゆっくりしていた。
だが、ルシンダの家が恋しかった。こことは全く裏腹のファンシーな部屋。竜のぬいぐるみや柄物に囲まれていてドラグナージークは、好きだった。
町のことはルシンダがいるから大丈夫だ。問題は、国境の向こう側、ベルエル王国だ。もしも黒い竜が生きていたとすれば大変なことになる。
日に三度の粗末な食事をすると、自分は本当に外界とは離れた場所にいるのだと実感する。
その時、急に身体が熱くなった。
凄まじい熱が沸き起こると身体中の筋肉が盛り上がり、首が伸び、顔が歪んで伸びるのを感じた。
これは一体? 背中に違和感を覚え、意識するとそれは風を起こす両翼だった。
「何だ、これは?」
途端に走る怒りの衝動。我はこのようなところに押し込められる存在にあらず!
ドラグナージークは咆哮を上げていた。
番兵らが慌てて下りて来る。
燭台を向けられた瞬間、若い番兵の顔は驚きに見開かれていた。
「竜?」
竜だと? そうだ、我は自由になりたい!
ドラグナージークは飛翔し、関の天井を突き破った。
石の天井をガラガラと力任せに崩し、頭上に空が見えた瞬間、ドラグナージークは高々と舞い上がっていた。
破壊しなければ。何もかもを破壊しなければいけない。
帝国の竜乗り達が現れた。
「黒い竜!? だが、何故ここに? ドラグナージークは確かベルエルの火山に貴様を葬ったはずだ」
こいつを知っている。ヴァンだ。だが、彼は今何と言った? 黒い竜だと? 私は、私は、何だこの内側から起こる黒い波動は? 全てを切り裂き絶命させ、根絶やしにする。それが破壊神たる務め。
ヴァンが向かって来る。大斧を薙いで来たが、後退してそれを避けた。
するとクロスボウを構えた竜傭兵らが一気に矢を放ってきた。私は翼をはためかせそれの勢いを削いで途中で落とした。
全員が絶望的な顔をする。私は嬉しかった。人間達のそういう顔を見たかった。
「ドラグナージーク!」
不意に名を呼ばれた。
2
私は夢を見ていたのだ。黒い竜となる夢を。
暗い牢獄でドラグナージークは目を覚ましていた。それにしても恐ろしい夢だった。あれほどの怒りの衝動を何故、黒い竜は持っているのか。そんなことよりも、何となくだが、嫌な予感がする。
「ドラグナージーク、出ろ」
いつの間にか番兵らが来ていた。
そのまま外に出ると、関の隊長が待っていた。後ろに並ぶ兵らはドラグナージークの装備を持っていた。
「ベルエル王国から名指しで貴様を借りたいと皇帝陛下に書面が届けられた。ドラグナージーク、貴公はまず、王国側の関へ迎え。皇帝陛下の命である」
反論は許さないということか。だが、それこそ私が待ち望んでいたことだ。
「了解した」
すると装備を持った兵らが前進してきた。
ドラグナージークは装備を受け取り、甲冑を着始めた。胸甲、籠手、脛当て、極めつけに鉄の靴レガース。そしてグレイグバッソを腰に収めた。
「お前の竜はヴァンが外で様子を見ている。さぁ、行け」
ドラグナージークは関の門を潜り、竜傭兵らが待機しているのを見た。
「ドラグナージーク!」
ヴァンが呼んだ。そこにはラインが居た。
「全く、二週間も檻の中に居れられてるとは思わなかった。まぁ、死して罪を償えと言われるよりはマシか」
「ああ。そうか、二週間も私は」
ラインが咆哮を上げた。
「話は聴いてる。無事に戻って来いよ」
「ああ、また会おう」
ドラグナージークはラインの背に乗り、手綱を握った。
ラインは久々の空に待ちくたびれたように喜んで飛び上がった。
ヴァンや、竜傭兵は見えなくなり、関の建物が一点の影のように見えた。ドラグナージークは北へ向かって飛んだ。
3
ベルエル王国側の関は慌ただしくこちらを出迎えた。
「私がドラグナージークだ。状況は?」
貴族風のおそらく指揮官だろう。その男が歩み寄って来た。
「今は西側の町を破壊し尽くしている。すぐに飛んでくれ」
「分かった」
案内はつかないらしい。良いさ、自分で見付けてやる。一つ気掛かりなのは、関の竜乗りの数が多いことであった。まさか、私が居ない間に帝国を攻めようなどと考えてはいないだろうな。
訊くべきだったが、ドラグナージークは結局飛翔し、数時間かけて北へ向かい、西へ折れた。
竜の速度は恐るべきものだが、絆を作るのに苦労する。竜は心を開いた相手しか乗せてくれない。そして誇り高いのだ。なので商人らが自分の利で動かそうとしても無駄だった。感じるのだろう、こいつらは竜の尊厳を傷つけるつまらない仕事をさせるのだということを。
空は雲が多く見通しが悪かった。
こちら側には西側一番の大きな町があった。途中の町は酷い有様だった。襲われていたら大変なことになるだろう。
だが、ドラグナージークの読みは当たった。
一騎の竜乗りが、凄まじく大きな、黒い影の周りを巡り、隙を窺おうとしている。
「ライン、行こう! 今度こそ、奴を斃す!」
ラインが咆哮を上げて、ドラグナージークは一気に黒い影へと向かったのであった。
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