第8話 ペケとの再会

 町長オルガンティーノの使いで、ドラグナージークは山奥の村へ行くことになった。

 追い風に心地良く背を押され、虚空を飛ぶ。気のせいかラインも今日は御機嫌であった。

 ガランの町から北東の森林地帯を繰り抜いたようにその村は存在していた。地面がどんどん広く鮮明になって行く。ドラグナージークは大事な書類の入った鞄を抱え直し、村の端へと着地した。

「おお、ドラグナージークだ。おおい、ドラグナージークが来たぞー!」

 この村では貴重なキノコの栽培が行われている。ちなみにドラグナージークはキノコが苦手であった。

「キノコ嫌いのあんたが良く来たな」

 歩んで来た村長のモザレが言った。

「まぁ、そう言わないでくれ」

 ドラグナージークはそう言うと鞄から書類を差し出した。モザレは確認した後、ドラグナージークを村へ誘った。

「実はな、竜舎が出来たんだ」

 その言葉にドラグナージークは胸が躍った。どんな竜がいるのか早く見てみたい。ドラグナージークはフェイスガードを取った。村娘がこちらを見ているので軽く頭を下げた。

「しかし、何故急に竜舎を?」

「近年、居場所を失くしたロック鳥が森へ住み着こうとしていてな。それを追い払うためだよ」

 この間、ハンターに追われていたロック鳥もそうなのだろうか。山は崩さず、森は切り開くことなく残れば良いのにと、ドラグナージークはそう無茶なことを大真面目に考えていた。

 竜舎はやはり大きめに造られていた。だが、藁の上に寝そべるのはレッドドラゴン一匹のみで、残りはまだ空だった。

「帝都から竜の所有を許されたのは一匹だけだ。ちょうどガランの方で生け捕った竜が何匹かいると聴いてな。吟味に吟味を重ねてこの人懐っこい竜を選んだのだ。名前はペケ」

「ペケ? あの時の」

「そうか、生け捕りにしたのはあんただったな」

「ああ。ならず者達の手先になっていたが、ペケ」

 ペケは名を呼ばれてクルリとひっくり返るとこちらを見詰めて鳥のような声で鳴いた。

 ドラグナージークは、村長が返事を書くまでここでペケと共に居ることにした。

 ペケに話かけ、頭を撫でそれだけで心が通じるようでドラグナージークは嬉しかった。

 竜舎の扉が開いて、一人の青年が姿を見せた。鍋を両手で抱えているのだが、中身はどうやらペケの食事の様だ。

「あなたは誰ですか?」

 青い髪をした青年はそう尋ねた。平服だが、なかなか良い体格がその下に現れていた。

「私はガランのドラグナージークだ」

「ドラグナージーク!?」

 青年が目を丸くした。

「本当にドラグナージークですか? ああ、いや、腰に提げられているのはグレイグバッソ。本物のドラグナージークだ」

「お邪魔してるよ。ところで君は?」

 ドラグナージークが穏やかな口調で尋ねると、青年は慌てて鍋を置いて敬礼した。その鍋目掛けてペケが駆け込んだ。ペケが肉と野菜と魚介をバリバリ音を立てながら食べる中、青年は名乗った。

「ディアスと言います。ペケの乗り手です」

「そうだったか。ペケにはもう慣れたか?」

「はい。いつか俺も全身金属鎧で兜をかぶって、あなたみたいにグレイグバスタードソードを手に空を舞いたいです」

 ディアスは感激したように言った。

「ペケと一緒に頑張れ、ディアス」

「は、はい!」

 ディアスは再び敬礼した。

「いつか、共に空を飛ぼう」

 ドラグナージークはそういうと外に出た。

 村人達が轍のある道を行き来している。

 歩き出すと、綺麗な花を梱包している作業場に出会った。

 彼女は花はどうだろうか。逡巡し、年嵩の女性に声を掛けた。

「花を一つ売っていただけないだろうか?」

「ええ、良いですよ」

 気前よく売ってもらえ、ドラグナージークの左手には花束が握られていた。

 ちょうど、村長が戻って来た。

「ドラグナージーク、返事を書いた」

「預かろう」

 ドラグナージークは花束を顎に挟み鞄に書類をしまった。

「おお、ここでは良い花が育つんだ。あんたの恋も成就するよ」

「何故恋だと?」

「男の勘さ。帰り道、散らせない様に注意しなさい」

「ああ、ありがとう。では」

 ドラグナージークはその場を去った。



 2



 町へ戻ると、ドラグナージークは、テリーの竜舎にラインを預けに行った。人々が次々声を掛けて来る。

 ふと、そんな好意的な人々の間からドラグナージークは、鋭い殺気を感じて振り返った。

「お帰り、ドラグナージーク」

 そこにはルシンダが立っていた。ルシンダが俺を襲う理由が分からん。傭兵の立場を奪ったことに恨みを抱いているのか? いや、俺の気のせいだろう。

「ルシンダ、これを君に」

 ドラグナージークは、ルシンダに花束を渡した。ルシンダが驚嘆した。

「綺麗」

 うっとりと花に見入っている。

「ありがたく受け取るわ。花のある生活なんて何年振りだろう。他のことで頭がいっぱいだったから花を飾る余裕すらも無かったから」

 ラインが鳴き、ルシンダは微笑んだ。

「ごめんごめん、お腹空いたわよね。私もピーちゃんの様子を見に行くところ」

「では、一緒に行こうか」

 ドラグナージークが言うとルシンダは頷いた。彼女は腰に短剣を帯びていた。

 先ほどの殺気のことをまた思い出した。ルシンダが、俺を?

「ルシンダ」

 思わず声が出る。

「何?」

「……あ、いや。行こう」

 例え、ルシンダが俺を殺そうと思っているなら、俺は遠慮なく殺されよう。彼女に殺されるなら満足だ。俺という存在が彼女を傷つけた。彼女に空を捨てさせるまでに。

「どうしたの?」

 先に行っていたルシンダが怪訝そうに尋ねて来た。

「いや、何でもない」

 ドラグナージークはラインを引き連れ彼女に追いついたのであった。

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