第7話 挑戦者
テリーの竜宿に着くと、ちょうどルシンダが竜舎の中で竜と戯れていた。
相手は鉱山を一時的にねぐらとしたあのフォレストドラゴンだ。体長は四メートルぐらいはある。だが、まだまだ若く、鳥の様に鳴いてはルシンダに顔を擦りつけていた。
「すっかりお母さんになったな」
ドラグナージークは竜の心をここまで掴んだ彼女を尊敬していた。
「そうね。この子、可愛いもの」
ルシンダはそう言って竜の頭を撫でていた。
「この子だけじゃない。竜はみんな可愛い」
彼女はそう言いながらフォレストドラゴンの襟巻を撫でていた。
ルシンダ、もう一度空を飛ばないか? ドラグナージークはそう声に出せなかった。まだ早い気もする。何故かそう思った。今はまだそっとして置こう。ルシンダ自身もボーガンの稽古に大盾の修理に、無意識のうちに竜と空への憧れを取り戻しているように思えた。
「見回りでしょう?」
彼女がこちらを振り返って言った。
「ああ」
「いってらっしゃい」
「行って来る」
テリーにラインを連れて来てもらい、往来の道を開けてくれる民衆にも見送られながらドラグナージークは城門の外へ出た。
2
城門の外ではマルコら門番が六人、槍を突き出し、通行を遮断していた。その背中越しに見て、ドラグナージークは少し驚いた。
体長は十メートル近くもある成熟したレッドドラゴンの手綱を握り、一人の戦士が立っていた。
「そのような理由でここを通すわけにはいかない!」
マルコが厳しく拒絶すると、鎧兜の男は笑い声を上げた。
「丁度いい、あんたがこの町の雇われ兵だろう?」
相手はマルコらの後ろにいるドラグナージークを見て言った。
「おお、ドラグナージーク」
マルコらが振り返った。
「どうしたんだ?」
「それが、この町の傭兵と戦わせろと言って聴かない」
マルコは困ったように言った。
ドラグナージークは相手を見た。年の頃三十は超えているだろう。無精髭に表情を爛々と輝かせてこちらを凝視している。
「確かにこの町の傭兵だが、あなたは私と戦ってどうするつもりだ?」
「そりゃあ、負けたあんたをほっぽり出して、俺がこの町の雇われ兵になるのさ」
「この町の傭兵は今はドラグナージーク以外認めない。大人しく去れ!」
マルコが男を見て声を上げた。
「何だ、俺と戦うのが怖いのか?」
相手はマルコでは無くこちらを見ている。
「私が勝ったらどうする?」
「フン、去るだけだ。悪いか?」
「いや、悪くはない」
「だったら勝負だ」
マルコらが見守る中、ドラグナージークは鞍に足を掛け、鐙に跨った。
相手が先に翼をはためかせて浮上する。ドラグナージークも後に続いた。
五メートルほど間合いを取り、空で二人は視線をぶつけた。
「いくぞ!」
相手は長柄の斧を片手に竜を突進させた。
ドラグナージークもグレイグバッソを片手で握り、もう片方の腕で手綱を握って突進した。
ラインは自分より大きな相手でも臆したりはしなかった。
両者の竜の羽音が重々しく轟き、ドラグナージークと相手は一気に接敵した。ただ武器をぶつけ合うだけなら地上で決めても良いが、空だと不安定な上に両者の竜までもが互いの胆力を示そうと競い合う。これは人と竜の尊厳を懸けた一騎討ちであった。
ラインは羽ばたきを強め体当たりに耐えた。おかげで安定した体勢のまま剣を振るうことが出来た。
鉄の音色が轟き、ドラグナージークは相手が口だけでは無くそれなりに場数を踏んだ傭兵だと確信した。
「オラアッ!」
斧の刃が落ちて来る。避ければラインに突き刺さる。ドラグナージークは剣で受け止め、苦労の末、弾き返した。
相手は手綱を握り締め、上空へと昇った。
相手の竜が口を開き、火炎を放射してきた。
ドラグナージークは、ラインにも火炎を吐かせた。ラインにだって誇りはある。これが竜同士の競り合いであった。
火炎と火炎はぶつかり、真ん中で壁の様に盛り上がった。
敵が一気に降下し、ボーガンを撃って来た。
「ライン、避けろ!」
ドラグナージークは、冷静にそう命じた。鉄の矢は竜の鱗も貫く代物に違いない。
避けた瞬間、相手は一気に間合いを詰めて来た。
ボーガンを肩に回し、長柄の大斧を振り上げて迫る。ドラグナージークは、高度を落とし敵と水平になった。さもなければ、相手はラインを狙いこちらを無力化させるだろう。
今頃になって、ドラグナージークは、この町の傭兵という誇りを思い出し、その座を許すわけにはいかないと覚悟を決めた。
ドラグナージークは、ラインの高度を落として、全力で敵の下を抜けさせた。そして相手の後ろに回ろうとするが、相手も方向を変えて正面から得物同士でぶつかりあった。
何度も何度も刃と刃が激突した。晴れた日だというのに火花がよく見えた。
「ゼロ距離なら!」
何と、相手はここで竜にライン目掛けて火炎放射を見舞った。
レッドドラゴンは熱さに強いが、それでも悲鳴を上げた。
甘かった。
ドラグナージークは、そう確信し、ラインの高度を上昇させた。相手も追いかけ、ドラグナージークは、ラインを旋回させて一気に相手の竜に体当たりをさせた。
ラインの体当たりは自分よりも大きな竜を揺らめかせた。
騎乗者は互いに手綱を握り、再び打ち合ったが、ドラグナージークの方が体勢を戻すのが早かった。
衝撃から立ち直った相手の斧へ剣を衝突させると、相手の斧は手から抜けて、地面目掛けて落ちて行った。
「まだだ!」
相手は竜を垂直に滑降させて追いつき斧を取り戻す。
その頃にはラインの背から跳び下りたドラグナージークが、相手の竜の上に降下し立っていた。
斧を振るおうとした瞬間にドラグナージークは切っ先を相手の首下に向けた。
相手は抵抗するかしないか悩んでいる表情だった。ラインが側に付くと、挑戦者は笑い声を上げて斧から手を放した。
「負けた負けた。お前みたいな命知らずの竜乗りは初めてだ」
「では、出て行って貰えるんだな?」
ドラグナージークは厳しい声で問う。
「ああ、出て行くよ。俺はヴァン。名を聴かせて貰えないか?」
「ドラグナージークだ」
ヴァンが軽く驚いた。
「あのドラグナージークか。神竜の末裔を葬ったという」
ドラグナージークは答えなかった。
「お前さん、ベルエル王国から捜索されてるぞ」
「捜索?」
ドラグナージークは一気に緊張を覚えた。
「ああ、姫との結婚を蔑ろにした無礼者としてな。ここはイルスデン帝国領だが、身辺には気を付けろよ。お前さんのことは黙って置いてやる」
ヴァンはそう言うとドラグナージークに自分の竜に移るように示した。
そうしてラインの背に戻ると、ヴァンは言った。
「あばよ、守護者さん」
ヴァンと竜は飛び去って行った。
ドラグナージークはその影を見ているようで見ていなかった。まさか王国から指名手配を受けるとは思わなかった。王国にとってここは敵地とはいえ、身辺には注意しようと決めたのであった。
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