第6話 ルシンダの歌

 ドラグナージークはギルムの工房に来ていた。何度かの戦いと固い藁人形相手の修練で、刃がすっかり鈍くなってしまっていたのだ。鍛冶師ギルムは竜の宿舎のテリー程、歳を取ってはいないが、初老の男であった。

 常に剣や、防具、そして日用品を完成させるために赤赤と燃え上がる炉の前に立ち、鉄を相手にしていた。

 ギルムは丁寧に砥石を走らせている。このぐらいドラグナージーク自身でも出来ねばならないが、ギルムの研ぎと自分の研ぎでは僅かに差があった。それは人を斬った時によく分かった。その僅かな差が命取りともなることもある。もしも、また竜が相手となったらと、考えるとゾッとする。

 砥石を走らせる音は二時間続いた。ようやくギルムが手を止め、こちらを見た。筋骨隆々の厳めしい面構えの男で、物静かでもあったため、近寄り難い印象が先行するが気さくな面もある男であった。

「仕上がりだ、持って行け」

「ありがとう、ギルム。代金は」

「銀貨四枚、イスの上にでも置いて置け」

 ドラグナージークが灼熱の炉の前へ来るとギルムはそう言った。

 まるで鏡面のように磨かれた刃を見ているだけでドラグナージークは嬉しかった。

 仕事熱心なギルムはさっさと次の品を修繕しだした。

「それは何だい?」

「ああ、大盾だ頼まれた」

「兵士達か?」

「いや、ルシンダだ」

 その言葉を聴いてドラグナージークは驚いた。

「また空を飛んでくれるのかな」

「さぁな。そうだと良いがな」

 ドラグナージークは頷き返し、工房を後にした。

 町の東にある工房から出て、巡回に出るためにテリーの元を訪れようと思っていた時だった。

「ドラグナージーク」

 名を呼ばれ、ドラグナージークは慌てて振り返った。そこにいるのはやはりアレンで、毎度のこと気配をまるで感じさせなかった。

「何だ、アレン?」

 物乞いアレンは今日は不快なにおいはしなかったが、香油が強い。それでもドラグナージークは気付けなかった。

「鉱山に竜が現れているらしい」

「竜が?」

「ああ、鉱山に」

「ありがとう、すぐに行こう」

 ドラグナージークはテリーの宿へと鉄の靴を鳴らして駆け出した。



 2



 ラインに跨り、近くの鉱山に着くと、そこには竜の姿は無く、鉱山で働いている坑夫達が遠巻きに入り口を見詰めていた。

 ドラグナージークは大体の事を察し、自分一人では身に余る作業だと痛感していた。それでも行かないわけにもいかず、やってみないわけにもいかなかった。

「ドラグナージーク!」

 坑夫達が駆け寄って来た。

「竜は鉱山の中か?」

「ああ。フォレストドラゴンだ。三メートル程のな」

 緑色の鱗に囲まれた身体に、毒の息を吐く竜だった。ドラグナージークは空では何度も戦ったことがあるが、地上では初めてのことだった。

 ドラグナージークが入り口に向かおうとした時、中から紫色の毒霧が噴射された。

「これでは近付けんな」

 ドラグナージークは早々と決断した。

「悪い、すぐに戻って来る」

「なるべく早く頼む」

 ドラグナージークはラインに跨り飛翔すると町へと戻った。

 緊急のために広い道の真ん中に下りて、テリーを呼んだ。

 だが、出て来たのはルシンダだった。

「テリーなら今は居ないよ」

「それは困ったな」

「鉱山のことかい?」

「ああ。フォレストドラゴンが鉱山の中に立て篭もっている」

 ドラグナージークはテリーを連れて行って口笛で説得させようと思っていた。

「私が行こうか?」

 ルシンダが独り言のように呟いた。

「来てくれるのか?」

「過去に竜を説得できたこともあるし。あなたが来る前だけどね」

 少しだけ棘を感じたが、可能性があるならば賭けてみるしかない。

「後ろに乗って。すぐに出発だ」

「待ってこれが役に立つから」

 ルシンダが手にしていたのは大きな丸い盾であった。ラウンドシールドと呼ばれている種類のものだ。

 ドラグナージークはルシンダが腰を掴むのを見ると一気に飛翔した。

 犠牲者は出ていないだろうか。ルシンダと二人きりだということを忘れて彼はラインに急行を促した。



 3



「ルシンダが来てくれたのか?」

 坑夫らは驚いた顔をしていた。が、期待外れという顔もしている。彼女はかつて町のエースだったというのに、そのことを男達は忘れてしまったようであった。

 大盾を前面に向けてルシンダが先行する。

 ドラグナージークが続こうとすると、ルシンダが止めた。

「あなたじゃ駄目よ。男は血の気が多すぎる。竜を戸惑わせるだけだよ」

 ルシンダが坑道の前に来ると紫色の霧が舞った。ドラグナージークは気が気では無かったが、盾がしっかり彼女を守っている。ルシンダが盾が役に立つと言ったのはこの状況を想定していたからだろう。その頭の冴え、ドラグナージークは、ルシンダはやはり竜に乗るべきだと思った。

 幾度も幾度も噴霧される紫色の煙を遮り、盾の後ろでルシンダは歌い出した。それは悲しい悲しい曲だった。何故、そんな歌を選ぶのか、ドラグナージークにも分からなかった。だが、ルシンダには考えがあることだけは確信している。

 悲しい歌は続き、やがて、鳥のような甲高い鳴き声が坑道から聴こえて来た。

「おいで、大丈夫、怖くはないわよ」

 ルシンダが下がると、フォレストドラゴンが姿を見せた。

 坑夫らが驚きの声を上げる。ドラグナージークは感心した。竜はまだ若い。ルシンダを母のように思ったのだろう。

 ルシンダは近付き、その頭を撫でた。フォレストドラゴンは身を伏せた。

 これには誰もが驚いた。竜が服従の姿勢を取っている。

「この子、テリーさんのところへ連れて行くわ。私が面倒を見る」

「分かった。鞍は無いが平気か?」

「ええ、心配いらないわ」

 ルシンダは竜の背に跨った。

 ドラグナージークもラインの背に乗る。

「これで解決した。ルシンダのお手柄だ」

 ドラグナージークは坑夫らに言った。

「さすがは、もとエースだけあるな」

「ああ、歌姫の貫禄が付いてすっかり忘れていたよ」

 男達は口々にそう言った。

 ルシンダを乗せたフォレストドラゴンが浮上する。ドラグナージークも後に続いたのであった。

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