第9話 アレンの正体

 最近のルシンダはよくチャーリーの店に通い、屋内演習場で剣を振ったり矢を射たりしているようだ。ドラグナージークは見に行ったわけではないが、人々の噂話から知ることが出来た。ルシンダも空への思いを捨てきれないのだ。近い内にもう一度勇気を出して声を掛けてみよう。

 空の巡回を終えてテリーの竜宿から出て来たドラグナージークはふと、嫌な視線を感じた。

 雑踏には人がたくさんいる。絡み着くような殺意に満ちた視線であった。

 不意に肩を叩かれた。

「アレンか?」

 ドラグナージークでさえ気配を察知できない唯一無二の人物といえば彼であった。

「何でよ。私よ」

 ルシンダが立っていた。不意に殺気が消えたような気がした。

 ルシンダは、青いチュニックを着ていた。腰には片手剣と三本の短剣を提げ、肩には弓と矢筒を背負っていた。

「物々しい姿だな」

 ドラグナージークは半分驚いて尋ねた。もう半分は雑踏に消えた殺気のことを考えていた。

「気のせいよ。それじゃあね、ピーちゃんのお世話があるから」

 ルシンダはテリーの竜宿へと入って行った。

 殺気はもう感じない。

 ルシンダが着た瞬間、殺気は止んだ。

 違う、俺はルシンダを疑わない。彼女に限ってそんなことはない。幾ら、空の権利を彼女から奪い去ったという後ろめたさがあったとしてもだ。だが、正当な復讐の理由では無いか?

「違う、ルシンダのわけがない」

 ドラグナージークは雑踏の中へと踏み込んで行った。



 2



 夜、ドラグナージークは、甲冑姿のまま宿を出て、教会を目指していた。

 ルシンダから傭兵という職を取り上げた自分がどうしても許せなくなったのだ。例の殺気はルシンダに違いない。ドラグナージークは今日はルシンダの居ない酒場で酒を嗜みそれでもしっかりした足取りで歩んでいた。

 教会まで少しというところで、殺気を感じた。

 闇に紛れた相手はドラグナージークの行く手を寸断した。ルシンダでは無い。何故なら敵は五人もいたからだ。黒装束に身を纏い月光を照らし返す短剣をそれぞれ握り締めていた。

「何者だ?」

 ドラグナージークの問いに応えることなく相手は踏み込んで来た。

 短剣が鋭く顔先を掠める。

「ちっ」

 ドラグナージークは敵に足払いを掛け、転ばせるが、新手が次々跳びかかって来た。

 が、鋭い風の音色がし、一人が宙高く舞い胸に矢を射られて絶命していた。

 敵が距離を取る。

「グフフッ」

 聞き覚えのある声がし、隣にいつの間にかアレンが並んでいた。手には短弓を手にしていた。

「アレン?」

「ドラグナージーク、こいつらは王国の暗殺者だ」

「王国の」

 そこまで姫との婚姻を反故にしたことが怒りに触れているとは思わなかった。しかし、このアレンは一体何者なのだろうか。

 アレンは弓を捨て、短剣を抜いた。

「今は敵を斃すことだけを考えよう」

 アレンに言われ、ドラグナージークはグレイグバッソを抜いた。地面に倒れていた敵は転がって、バク転し、仲間のもとへと戻った。

 対峙していると、アレンが先に斬りかかった。地を滑る様な音の無い動きであった。

 アレンは敵の中心に入り、短剣を振り回して二刀流にすると左の相手を襲った。

「いかん!」

 ドラグナージークは酒を飲んだことを後悔しながらアレンに追いつき、背中越しに敵と視線を合致させた。

 敵が躍り掛かって来るが、身を避け、肘打ちを背中に食らわせるともう一人へ斬りかかった。

 ドラグナージークの一刀両断をまともに受けて敵は剣を圧し折られ、真っ二つになった。陽があれば血煙が見えただろう。

 そして背後に剣を突き出す。

 手応えがあった。振り返れば敵は胸部をまともに貫かれていた。ドラグナージークは剣を引き抜き血飛沫の影と共にこれも一刀の下に葬り去った。

「酔っていても大丈夫だったね」

 既に掃討し終えたアレンが言った。短剣の刃を布で拭っていた。ドラグナージークもそうした。

「さぁ、ずらかろう」

「何処へ?」

 ドラグナージークが問う。

「ここから近いのはルシンダの家だな」

 アレンが言い、走り出した。ドラグナージークも後に続いた。

 駆けながらアレンに尋ねた。

「アレン、君は只者では無いな。一体」

「グフフ、俺は帝国の隠密さ。ガランの町の担当の」

「素性を明かしてまで俺のために。悪いことをした」

 隠密が顔を知られているというのは致命的であることにドラグナージークは勿論気付いていた。

「あんたさえ、黙っていてくれれば心配いらないよ」

「竜の神に誓って」

「うん、それで良い」

 アレンは言った。

「最近、あんたの側を嗅ぎまわっている連中がいたから、目を付けていたんだ」

「そうだったか」

「王国に恨みを抱かれる覚えはあるかい?」

「姫との結婚を反故にした」

「そりゃあ、気位の高い王国は怒るな。それと、いざ戦争となった時にあんたがいたら邪魔だと判断したんだろう」

 アレンが言った時だった。

 灯りの点いているルシンダの家から彼女の声がした。

「あんた達、誰よ!?」

 ルシンダの戸惑う叫びが轟いた。彼女がフライパン片手に外へと飛び出てくると、黒装束が二人躍り出て来た。

「あいつら、ルシンダにも目を付けていたか。急ぐよ!」

 アレンに言われ、ドラグナージークはルシンダの窮地に必死に駆けたのだった。

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