第10話 消えた死体
灯りが零れる玄関口から黒装束が出て来た。しばし、短剣とフライパンはぶつかり合い火花を散らせた。
「ルシンダ!」
ドラグナージークはグレイグバッソを下段に構え、二人の間に飛び込んだ。
「ドラグナージーク!」
ルシンダが驚いてこちらの名前を呼んだ時には、ドラグナージークの薙ぎ払いを跳び越え、二人の賊は遁走し始めた。
「逃がすわけには! アレン!」
「アレン? いないけど」
ルシンダに言われ、ドラグナージークは背後の闇を見た。そこには何者の姿も無かった。
その頃になって近所の者達が顔を出し始めた。
「ルシンダ? 何かあったのかい?」
「えっとね」
ルシンダが説明しようとした時にドラグナージークは慌てて口を開いた。
「すまん、ただの喧嘩だ。だが、もう仲直りはした」
近所の連中は、それなら良かったと、気前良い態度で家の扉を閉めた。
余計なことは知らない方が良い。巻き込まれる可能性がある。しかし、アレンは何故姿を消したのだろうか。
「それで、何があったの?」
少し怒り気味の顔でルシンダが尋ねて来た。そして家へ入るように促したが、ドラグナージークは断った。
「死体を片付けなければ」
その言葉にルシンダの目が真面目なものになる。
「手伝うわ」
「いや、君を巻き込むわけには」
「もう巻き込まれているわ」
ドラグナージークは頷いて道々語り始めた。自分が王国の姫との婚姻をすっぽかして逃げたこと。あとは自分の力が彼の国には邪魔であることを。
「後者は分かる気もするけど、前者はあんまりにも酷いわね」
「ああ、一言言って置くべきだった」
「いいえ、トンズラして正解よ。そこまであなたに執着するのだもの、姫も、嫉妬深い嫌な女に決まってるわ」
「そうだな」
そうして死体があった付近へ戻ったが、そこには何も残されていなかった。
「どういうことだ」
ドラグナージークは唖然としていた。
「ここに本当に死体があったの?」
「ああ。一刀両断にしたのが二つは確実に」
松明を持って来なかったのが悔やまれる。その時、向こう側から軽い足音が聴こえて来た。
ルシンダが前に出る。
相手は司祭のプワブロであった。
「おや、こんな夜更けに二人で散歩ですか」
「こんばんは、司祭様」
ルシンダが言うとプワブロは笑顔で応じた。
「こんばんは、ルシンダ、ドラグナージーク」
「ああ、こんばんは」
と言いながらもドラグナージークは司祭の持つカンテラの強い灯りが死体や血や体液などの名残を残していないか目を動かしていたのだが、それが全くと言って良いほど無かったのだ。
「馬鹿な、俺は確かに」
思わずドラグナージークが言うとルシンダが肘で小突いた。
「何かあったのですか?」
司祭の柔らかい笑みにドラグナージークはしどろもどろになりながら、「実は」と口にした。その時にルシンダがドラグナージークの背中を思いきり引っ叩いた。
鎧の背が物凄い音を立てたが、プワブロは驚かない。むしろドラグナージークがそうなった。
「この酔っ払いがね、この辺りで吐いたっていうのよ。だから後始末に来たんだけど、別の場所だったみたい」
「ふーむ、それは感心ですね。ですが、もう夜も遅い。今日はドラグナージークはルシンダを送って、ルシンダの家に厄介になりなさい」
プワブロが言った。笑顔の奥には笑っていない頑健な視線がドラグナージークに向けられていた。
司祭はこの件に関して何か知っているな。
「……そうします。ルシンダ、外で良いから泊っても良いか?」
「はぁ? いや、駄目よ、散らかっているし」
「仲良くなさい。二人のことを応援している人間が居るということも忘れずに。それでは良い夜を」
プワブロは去って行った。
「ルシンダ、真面目な話だ」
「言わずとも分かってる。私はもう巻き込まれているのよね」
「ああ。しばらく君の護衛をするよ」
「舐めないで。今夜一晩だけで充分だわ」
ルシンダが腰に手をやって叩いたが、そこに剣が無かった。彼女は慌てて言った。
「竜の操縦なら勝てないけど、剣ならあなたには負けない」
「分かった。ルシンダ。今夜だけ厄介になる」
ドラグナージークは宥めながら言った。
そうして半月の照らす夜道を二人は無言で進んだ。
ルシンダの家の玄関は開けられたままだった。
家の中は予想よりも綺麗だが、ディフォルメされた可愛らしい竜のぬいぐるみや、絨毯、肌掛けなど、竜一色であった。
ドラグナージークは心が痛んだ。こんなに竜が好きな彼女から俺は空を奪い取ってしまった。
「夕食食べた?」
「ああ。それじゃあ、俺は外にいる」
ドラグナージークは外へ出て扉を閉めた。
半月を見上げ、今後は身辺に注意する必要があることを痛感した。王国は俺を憎むとともに危険視している。今の俺は帝国の竜傭兵だからだ。あの神竜の末裔と言われる黒い竜を殺した罪を贖う時が来たと言うのだろうか。だからと言って、王国の手では殺されはしない。だが、この件をどうにか片付けなければ、ルシンダを一生、危険に晒したままにしてしまう。
「……出頭するか」
そう呟いた時に背を預けていた扉が動き、ドラグナージークは振り返った。
「良いわ、遠慮せず、家の中に入りなさいよ。狭いけど。どうせ、眠るだけなんでしょう?」
「すまない」
「そこはありがとうって言って欲しいわ」
「ありがとう」
手を差し出されドラグナージークは握り締めると、ルシンダの家の中へと入って行ったのであった。
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