第26話 皇都からの呼び出し
ラインの血は思ったよりも早く止まってくれた。テリーがお墨付きを出すと、ルシンダはドラグナージークに跳び付いて喜んでいた。
「二人とも、ありがとう」
ドラグナージークが礼を述べると、ルシンダはこちらを見上げて言った。
「助かって良かった。本当に」
ルシンダはドラグナージークの懐から見上げて言った。ドラグナージークは応じようとして、目線を下に向けたのだが、ルシンダの胸の谷間が見えて目のやり場に困った。
「ありがとう」
改めて述べると、ラインの竜舎の左右にいるピーちゃんとフロストドラゴンも祝福するように鳴き始めた。
気付けば夜明けだった。竜舎の開け放たれた窓から光りが差し込んで来る。ラインはテリーの手で傷口を太い針と頑丈な糸で縫合され眠りについていた。
ドラグナージークとルシンダは後をテリーに任せて帰った。
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ルシンダの家ではパンの焼けるにおいとスープの掻き混ぜる音が聴こえた。
甲冑を脱いだドラグナージークはソファーに倒れ込み、初めて疲労を知った。
「ルシンダ、疲れたろう。今日は私が空の見回りをするから、君は寝てて良い」
「疲れたのはあなたの方でしょう? ラインがあんなになるまで戻って来たのだから。でも、この後どうなるのかしら」
「何がだい?」
スープを掻き回していた手を止め、ルシンダは言った。
「竜に酷い仕打ちしていて皇帝陛下が、黙っていられるかしら」
「それは黙っていれば問題無い」
だが、ドラグナージークは別の用件で皇都へ呼ばれるだろうと思っていた。それは隣国ベルエル王国の依頼であった暴竜を退治せずに戻って来たことだった。案の定、三日後に帝都から町長へ使者が訪れた。
まずは町長にドラグナージークは呼び出され、心配する町長に冷静に振る舞い、テリーの竜宿へ向かった。
「ラインはまだ傷口が塞がってはおらん。矢に塗られた毒は強靭な肉体を持つドラゴンの回復力を遅らせるものだったようだ」
「そうか、分かった。再び面倒をよろしく頼む」
ドラグナージークは隣のフロストドラゴンの前に来た。体長四メートル。密猟者から受けた傷は勿論すっかり消え失せていた。
「バースなら皇都まで充分飛べるだろう」
「分かった。よろしくな、バース」
ドラグナージークはフロストドラゴンの頭を撫でた。フロストドラゴンは甘えるような声を上げですり寄って来た。
よし、行ける。
ドラグナージークはバースを引き連れ町へ出た。人々がラインを連れていないことを不安に思い、尋ねて来るが、ドラグナージークは軽く安心させる言葉を述べて門へと向かった。
皇都から呼び出しを受けたと聴き、マルコ・サバーニャが、顔を驚かせた。その顔から見えることは二つある。一つはドラグナージークが何らかの咎めを受ける心配で、もう一つが、ドラグナージークが引き抜きに会うのでは無いかと思っていることだった。
「大丈夫だ。行って来るよ、マルコ」
「ああ、領内とは言えそれぞれの町や村の領空に入る時は穏便にな。そうだ、これが役に立つかもしれない」
マルコは竜の横顔が描かれたガランのエンブレムを渡してきた。ドラグナージークは軽く感動した。この町の人達は私をここまで受け入れてくれているのだ。手のひら大の木製のそれを受け取ると、ドラグナージークはフロストドラゴンのバースに跨り、手綱を掴んだ。
「行こう、バース」
バースはゆっくり飛翔した。地面のマルコらが小さく見えるところまで来るとドラグナージークは南へバースを飛ばせた。
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バースはやはりラインほど体力はないようだ。まだまだ成長盛りなのだから仕方が無い。なので、道中、領空以外にも別の町に立ち寄った時にもマルコがくれたエンブレムが役に立った。
「ガランの町のドラグナージークか。だが、うちのヴァンだってあんたには負けないぜ。たぶんな」
門番が言った。ヴァンを雇った町の竜宿にヴァンはいなかった。まだ国境に詰めているのだろう。ラインにあれだけのことをしておいて、いや、むしろ依頼を放棄して戻ってきた私のことを口実として戦争など起きなければ良いが。
「ドラグナージークさん、ヴァンは元気ですか?」
竜宿の年頃の娘が尋ねて来た。黒い髪を後ろで一つに結った快活そうな女性だった。
「ヴァンは私の友達だよ。元気だ。彼には色々助けてもらった」
「そうでしょう? そうでしょう? ヴァンったらぶっきらぼうな物言いで誤魔化してるけど、本当は優しさに溢れてるって私も思ってます」
「同感だよ」
ドラグナージークは頷き、後を任せた。
そうして夕暮れの色を帯び、夜の賑やかさの前哨戦が始まる頃合いを見て食事をとる。食堂兼酒場ではもっぱら本人がいるのか、いないのか、知ってか知らずか、ヴァンとガランの町のドラグナージークならばどちらが勝つかという話題が熱気を帯びていた。ヴァンは強い。一度は勝ったが次はどうなるか分からない。そんなヴァンでさえも、ウィリーには苦戦するだろう。ウィリーのことを思い出すと、つられてベルエル王国の姫のことも脳裏に流れて来た。眼帯をし、勇ましくアメジストドラゴンを駆る姿は様になっていた。暴竜を殺す直前にまで辿り着けたのはドラグナージークが暴竜との一騎討ちに応じたからだ。ウィリーが止めたが、それでも彼女のような人間が一騎討ちを汚してまで暴竜との戦いに区切りを付けたいと思ったのはやはり国民を思ったからだろう。今、冷静に思えば国思いの良い姫だ。だが、私が慕っているのは――。
宿へ辿り着く。篝火が焚かれ、店の主が立っていた。
「おや、ヴァンかと思ったよ。あんたも甲冑が様になってるね。良い男だ」
笑顔を向けて店の主は豪放に笑った。
「一晩泊まりたいのだが」
「部屋は空いてるよ。うちの妻に言って部屋に案内してもらいな」
そうして宿に入り、案内を受け部屋へと入る。途端に疲れに襲われた。自分でも思った以上にやはり疲弊していたのだ。
甲冑をゆっくり脱ぎ、グレイグバッソをベッドわきに立て掛けると、ドラグナージークは風呂にも入らずそのままベッドに横になった。眼下にある広い通りから賑やかな声が音となって聴こえて来る。それに耳を傾けている間にドラグナージークは眠ってしまったのだった。
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