第25話 契約違反

 ドラグナージークは帝国の国境を目指して飛んでいたが、ある町を越えようとした際に目の前に竜乗り達が立ち塞がった。

「私は貴国の依頼の帰りだ、通してもらおう」

 ドラグナージークが堂々と言うと、竜乗り達はグレイグバッソを抜き、剣呑な空気が流れた。

 相手は五騎いた。

「もう一度言う。貴国の願いを届けてその帰り道だ。何故、それを阻む?」

 そう言いながら、ドラグナージークは思案する。誰の差し金だろうか。あの姫は自分に失望していた。追っ手をわざわざ私を襲わせる理由など無い。ウィリーは、ただの竜傭兵。ということは、国王の命令だろうか。

「問答無用! それかかれー!」

 一人の竜乗りの声の下、四騎が一斉に襲いかかって来る。

 ドラグナージークは上空へ逃れるが、敵は執拗に追いかけて来る。

 ここで私が誰かを斬れば国際問題に発展するかもしれない。

 ドラグナージークは牽制の炎を吐かせた。

 竜乗りらが散開する。この機にドラグナージークは一気に国境目指して飛んだ。

 竜乗りらを撒き、国境へ到達すると、そこには十数騎もの竜乗り達が空で待ち構えていた。

 重なり合う翼の音は、暴竜のものに似ていた。

「ドラグナージーク、何故戻って来た?」

 それは関の隊長の貴族風の竜乗りであった。

「役目を果たしたからだ」

 だが、関の隊長はかぶりを振り、将剣を差し向けた。

「貴殿は我が国の依頼を完遂してはいない。暴竜を狩ることこそ貴殿の役目であった。既に報せは届いている。暴竜を再び見つけ出し、その証拠や証人を連れて来ない以上、依頼は未完ということになる。それでもここを突破するというのであれば、我々王国は戦争に乗り出すだろう」

「戦争だと……。確かに私は暴竜を逃した。だが、サクリウス姫に去るように言われた。もう、私の出番は終わった」

 しかし、関の隊長は譲らない。

「国王陛下が頭を下げてまで貴国へ願い出たことだ。暴竜を狩って貰わねば我々は納得できん」

「暴竜も落ち着く場所を求めているだけだ。もう、こちらから何もしない限り害にはなるまい」

 関所の隊長とドラグナージークは真っ直ぐ目を向けて互いの主張をした。

「信じられるものか」

「信じてもらうしかない」

 関の隊長が手を挙げた。

 竜乗り達がボーガンを向ける。矢じりが怪しく煌めいていた。

「ドラグナージークは臆病風に吹かれ、約定を破って逃げて来た。言わば裏切り行為である。竜を射殺し、逮捕せよ!」

 矢が次々飛んで来る。ドラグナージークは仕方なく上空へと昇り、グレイグバッソを抜くか迷った。ここで余計な死人を出せば、王国側への宣戦布告の材料を与えることになる。

 空を飛び回り、矢を避け、竜乗り達との衝突を回避しながら、関を越えようとする。

 そこで驚くべき物が瞬時に迫っていた。

 関の外壁上にあるのは間違いなくバリスタで、太い弓が一気に詰め寄った。

 ラインが揺らめいた。

「ライン!?」

 太い矢はラインの左脇腹に突き立っていた。

「くっ、おのれ!」

 ドラグナージークは激昂した。これほど怒りに支配されたことは無かった。だが、憤怒の波に呑まれながらもドラグナージークは冷静な判断を下していた。関を超えなければ。

「ライン、頑張れ! 帰ろう、私達の町へ!」

 ドラグナージークの励ましにラインは大きく咆哮を上げて関を跨いで飛んで行った。



 2



 帝国領の関所に来ると、竜乗り達が出迎えたが、その歓喜の顔色はラインに突き立った一本の太い矢で引っ込んでしまった。

「飛べるのか?」

 ヴァンが竜を飛び立たせて隣に並んだ。

「分からない。だが、このままではラインは死ぬかもしれない」

「許可なら俺が取る。医者に見せに行って来い!」

「すまない、ヴァン!」

 ドラグナージークはラインを進ませた。傷口からは今も血が滴り落ちている。

 ドラゴンは頑丈な生き物だ。私はそう信じている。

「行こう、ライン!」

 ドラグナージークは相棒に声を掛ける。ラインも負けじと咆哮を上げた。

 テリーのもとへ急がなければ。ドラグナージークも本来なら応急手当ぐらいはできるが、道具が揃っていない。ならばと、一直線にガラン目指して飛んだ。

 町の外ではなく、テリーの竜宿の前に下りた。

 民衆が声を掛けてきたが、ラインの様子と石畳を染める血の溜まりを見て、口を噤んで居た。

「ドラグナージーク、早く竜舎へ連れて来い」

 テリーがそう言い、扉を開ける。

 ルシンダがピーちゃんと遊んでいたが、ラインの姿を見て驚いていた。

「テリーさん!」

「分かっているルシンダ。早速手術を開始する」

 テリーが木製の大きな薬箱を持って来る。

「ドラグナージーク、手伝え」

「分かった」

「私も手伝うわ!」

 ルシンダが申し出てくれたことにドラグナージークは感謝したい気持ちでいっぱいだった。

「よし、二人とも付き合え」

 テリーはラインの眼や鱗の肌を見ながら言った。

「毒矢だな、これは」

 テリーが止血剤の軟膏と解毒薬の飲み薬を取り出した。

「ドラグナージーク、薬を飲ませてくれ」

「分かった!」

 ドラグナージークは薬を飲ませようとして、ラインが既に限界だということ気付いた。今のままで相棒は痛みに耐え、空元気でここまで飛んで来た。何と健気な相棒だろうか。だから私は竜が好きだ。

 ドラグナージークはラインの開いた口に少し大きな石のような薬を放り込んだ。テリーの方はルシンダと二人掛かりで、矢を引き抜いた。ラインが身動ぎするが、悲鳴は上げなかった。

「ライン、いい子よ」

 テリーが溢れ出る鮮血の傷口に手を突っ込み、止血剤を塗っている。

 そして老人が頷くとルシンダが大きな布を折り畳んで固くし傷口に押し当てた。

「これで血が止まれば良いが」

 テリーが言った。ドラグナージークはルシンダが懸命に血を押さえているのを見詰めていたが、我に返り、自分も対面し、布をきつく押し当てた。

「ラインは絶対助かる。血だってもう少しすれば止まってくれるわよ」

 ルシンダが真面目な顔で赤く染まる布を見ながらそう言った。

「ああ」

 ドラグナージークは彼女の励ましを素直に受け止めた。

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