第27話 拝謁

 白亜の都、神竜の白い身体を讃えて、城壁も丘の上に見える城も、人々の住まう建物もどれもが白だった。ここが帝都イルスデンである。

 頑強な白塗りの扉は開け放たれ、門番が一列に並んだ入場者にその目的を聴き込んでいる。ドラグナージークが下りると、門番らは慌てて駆け付けて来た。

「ドラグナージーク殿か!」

 門番の初老の男が感激するように言った。グランエシュードという名の弓の達人であり、かつては竜乗りだった兵士だ。

「久しいな、エシュード。元気でなにより」

「竜が変わられたようだが?」

「まぁ、色々あってな。今はガランにいるよ」

「左様ですか。さぁて竜を私にお預けください。陛下よりの御命令です。ドラグナージーク殿が着き次第馬車で城まで赴く様にと」

「では、そうしよう」

 ドラグナージークはフロストドラゴンのバースを振り返って微笑みかけた。

「この人が面倒を見てくれる」

 手綱をグランエシュードに渡すとバースは理解したように四つ足で歩み始めた。

 程なくして兵士らが馬車を用意してくれた。並ぶ入場者達は別枠で扱われるこの人物は一体何者だろうかという視線を一堂に向けていた。

 馬車はさほど速度を上げてはいない。白い都の白い石畳の上を馬車は進んで行く。窓から子供達が木剣で戦士ゴッコをしているのが見え、麗しい女性らが立ち話をしているのを通り過ぎ、馬車は少し坂となり、貴族街に入った。各貴族らの屋敷も勿論、白塗りだ。門番達が馬車を見送った。坂は急峻となり、馬は鞭打たれ馬力を上げる。

 そうして広大、いや、荘厳な城へと辿り着いた。

 兵士らはここで待機していると快く言った。

 門の番兵が兵らから事情を聴き、道を譲ってくれた。この人物はたった独りで門番を務めている不動の鬼の異名を持つ中年の体格に恵まれ、厳めしい面構えをした人物だ。竜乗りでないのが残念だった。

「案内しましょう」

 不動の鬼はそう言うと先に立って歩き始めた。腰のトマホークが揺れている。彼の太い腕で投げられたトマホークは五人ぐらいまとめて顔を割るかもしれない。そう思わせた。侍女らが顔を赤らめ、端に寄り一礼する。兵士は敬礼した。

 もう、無用だと言うのに。

 ドラグナージークは苦笑いして不動の鬼の案内に従った。本当は案内など必要無いが、もはやドラグナージークは自由人。外の人間だ。客分扱いを受けるのが帝国側の筋というものであった。

 三階へ上がると、見慣れた謁見の間の大きな扉があった。

「陛下、ドラグナージーク殿をお連れしました」

 不動の鬼が漢らしい声で言うと、中から応答があった。

 謁見の間の両開きの扉を内側にいた兵士が動かす。開いた扉の向こうは殆ど白一色であった。絨毯を除いては。それだけが赤く金の刺繍を施され、数段上の位置にいる玉座の男へと続いている。

「陛下、ご命令通り、ドラグナージーク、まかりこしました」

 背後で扉が閉じられた。ドラグナージークは既に片膝を付き頭を下げている。

「面を上げよ」

 まだ少しだけ若々しい面影の残る声質が響き渡り、ドラグナージークは顔を上げた。

「壮健そうで何よりだ」

「兄上こそ」

 そこで皇帝の方から笑い声を上げ、ドラグナージークも笑った。

「度々の出撃の命令、すまぬな」

「いいえ、隣国が不穏な態度を取り続けるならば仕方の無いことです」

「うむ」

 そこでドラグナージークは兜を脱ぎ、床に置くと軽く平伏し、顔を上げた。

 皇帝の顔色がいささか優れなかった。

「それで、べリエルから抗議の文が届けられたが、暴竜を見逃したばかりか、とどめを刺すのを妨害したとは真か?」

「はい」

「何故だ?」

「暴竜と言えど誇り高い竜です。その竜が私との一騎討ちを望みました。それをべリエルのサクリウス姫が横槍を入れたのです」

 ドラグナージークがすらすら述べると、皇帝は頭を抱えた。

「本当に、竜のことになると相変わらずだな。黒き竜は破壊神であるという言葉を忘れたわけではあるまい?」

「はいっ」

「もし、ベルエル王国側に今後暴竜からの損害があれば賠償を迫られるだろう」

「申し訳ありません」

「それだけか?」

 皇帝が訝し気に問う。

「お察しの通り、黒き竜には陛下の領土へ来るように勧めておきました」

「そんなことだろうと思っておったわ。お前は竜のことになると本当に甘いな。まぁ、我が帝国が誇る、自然地帯ならば暴竜も大人しく眠れるであろう」

「私もそう思います」

 そこで二人はどちらが先というわけでもなく笑い声を上げた。

「好きな女性はできたか?」

「はい」

「早く甥か姪の顔を見せてくれよ」

「それは性急かと、その件についてまだ進展はございません。ただ、同居いたしております。竜乗りを狙う王国側の刺客から身を護るためです」

「どこから突っ込めばいいのか、王国側の刺客が来たか。どうも都合よく仲良く大陸を分割しているだけでは満足できないようだな」

 皇帝は悩むように言った。だが、その顔を少しニヤつかせた。

「同居している女性も竜乗りとは、さすがだ。肝が据わっていそうだ。時には積極的になっても良いかもしれないぞ」

「御助言ありがたく受け止めておきます」

 ドラグナージークは頭を下げた。

「まぁ、そなたには御苦労だが、形式上呼び出したに過ぎない。ゆるりと滞在して欲しいものだが」

「分かっております。早急にガランへ戻り、国境の警備に備えます」

 皇帝は頷いた。

「御曹司、いけませぬ! 父君はいまは謁見中でございます!」

 外から困り切ったような不動の鬼の声が聴こえた。

「叔父上! 来てるんでしょう! 開けてください!」

 外からまだ声変わりのしていない男の子の声がした。

「開けよ」

 皇帝は軽く息を吐いて言った。

 兵士らが扉を開くと、そこには純白に塗られた甲冑に身を包んだ少年が立っていた。

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